卒業生の声

*肩書はインタビュー当時のものです。

*肩書はインタビュー当時のものです。

門倉 多仁亜 
料理研究家
1989年 教養学部語学科(当時)卒業
専攻:異文化コミュニケーション
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ドイツの生活様式を対面で伝えていく

料理研究家としての活動を軸にレシピの紹介や料理教室、雑誌の取材協力などの仕事をしています。最近は、夫の出身地である鹿児島に家を建てた縁で、地域おこしのイベントを企画することも増えました。2017年の秋には地元の豊富な食材と、廃校になった小学校を利用した1日限定のポップアップレストランを開催しました。九州や東京から合わせて約80名の参加があり、鹿児島の自然や暮らしの文化の豊かさに触れてもらいました。

料理だけでなく、暮らしに関する仕事もしています。片付けブーム以降、取材や講演会の依頼が増えました。国が「暮らしの質向上検討会」を立ち上げた時には、同じくICUの卒業生で当時女性活躍担当大臣だった有村治子さんにお呼びいただいて参画したこともあります。

料理研究家としてだけでなくさまざまなジャンルの仕事をしていますが、どのような仕事をするにしても、ベースにあるのは西洋、特に私の母の国であるドイツの考え方を伝えることです。料理教室を自宅で実施するのもそのためで、暮らしの一部としての料理を紹介したいと思っています。はじめは、おもてなし料理を紹介していましたが、だんだんと家庭料理に重きがシフトしてきました。

料理教室を自宅で実施しているのもそのためです。クラスに参加される方は、駐在の経験があったり、子どもが留学したり、国際結婚していたり、外の文化に興味のある方が多いように感じるので、日常とは違う雰囲気を少しでも感じて欲しいと思っています。

また、日本とかドイツに限定せず、いかに女性達がより豊かな暮らしができるのか、そんなテーマにも興味があります。月に1週間は鹿児島で生活をしているので、鹿児島県鹿屋市の女性視点から商店街を活性化しようという取り組みで、女性による女性のためのお店「サルッガ*」運営のお手伝いもしています。
*サルッガ:鹿児島の方言で「歩こうよ」という意味

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さまざまな出会いの中で培った、自分だけのスタイル

実は料理研究家としての活動は自分で意図的に始めたわけではありません。さまざまな変遷の中で、流れに身を任せて培った経験が今の活動につながっているのだと思います。ICUを卒業してすぐ、大学時代からアルバイトをしていたドイツ系銀行の日本支店に就職しました。日本とドイツをつなぎたいという想いからです。しかし、時代はベルリンの壁崩壊直後で本当に多忙を極め、体を壊して残念ながら長く勤める前に辞めてしまいました。その後はアメリカ系の証券会社に入社し、ドイツだけでなく10カ国以上の欧州の国を担当していました。

最終的にこの証券会社には約4年間在籍し、同じ会社で働いていた日本人、今の夫との結婚を機に退社しました。結婚を決めたとき夫はすでに転職し、香港で働いていたため、私も香港に渡り、スイス系の銀行の現地法人でアジア株担当となりました。私は香港に渡り、スイス系の銀行の現地法人でアジア株担当となりました。そんな中、夫がキャリアアップのために1年間ロンドンに留学することを決めたので、一緒にロンドンに行くことにしました。前職の証券会社時代、ロンドン駐在も経験していたので、夫の留学中は私が稼いで生活を支えようと考えたものの、残念ながら単年で雇用をしてくれる会社などあるはずがありません。せっかくのロンドン滞在なのに1年間もの時間を無駄にしたくないと思い、以前から料理に興味があったこともあり、世界的に有名な料理・菓子の教育機関、ル・コルドン・ブルーに通うことにしました。

料理を仕事にしたのはそれからのことです。1年間でグラン・ディプロム※を修め、夫と共に日本に帰国。再度、証券会社の就職先を探していたとき、ロンドンで仲良くなった日本人の友人に料理を教えてほしいと頼まれたことが全ての始まりでした。

当初は戸惑いもありました。1年間料理を学んだだけで、しかもル・コルドン・ブルーで教わったのは一流の食材と一流のメニューです。機材も食材も限られる中で教えるために、試行錯誤の連続でした。しかし、続けていくうちに、料理を教えて欲しいという人が増えていき、少しずつ自分のスタイルができていき、今に至ります。

料理教室のテーマをおもてなし料理から家庭料理にシフトしたのは、二つのきっかけがありました。一つはNHKのドイツ語講座に出演したことです。文化の紹介として、ドイツ料理を披露する依頼がありました。出演に際してドイツの祖父母との暮らしを思い出し、私達にとって一番身近な生活文化としての家庭料理の奥深さを実感し、改めてその魅力に惹かれました。もう一つのきっかけは鹿児島の夫の実家で過ごす時間が増えたことです。都会から離れた場所での義母との日常のやりとりが、レシピではなく食材ありきでつくるという料理の本来の在り方を再認識させてくれました。この二つの気付きが、私にとって仕事のターニングポイントとなっています。

もちろん権威ある料理学校で教わった知識と経験は、今も生かされています。しかし、私が「自宅」で料理を教えるときに、大事なことは何なのかを、忘れないように気を付けています。
※料理・菓子の両方の技術を修得する課程

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ICUでの日々が、日本で暮らす自信をくれた

ICUでの日々も、ターニングポイントの一つだったと感じています。日本に生まれながら、幼稚園から高校まで純粋な日本の教育機関で学ぶ機会は、4,5年しかありませんでした。自分のアイデンティティを模索する中で、出会ったのがICUです。もともと母親がICUのことを知っていて、規模が小さく自由な雰囲気の中で大学生活が過ごせるのではと期待して入学しました。実際に入学してみると期待どおりで、さらに自分と同じく、国や文化、言葉の間を流動的に生きてきた人に会うのは初めてで、ICUは本当に自分の居場所だと思える場所でした。

人との出会いだけでなく、カリキュラムも私を支えてくれました。ICUの入学のタイミングは4月と9月の2回。帰国生の多くは9月に入学します。私もその一人ですが、9月スタートのカリキュラムでは日本語や日本文化の基礎を学ぶ日本語教育プログラム(Japanese Language Programs: JLP)という授業が展開されており、今さら聞けないようなことまで教わることができました。わからないことだらけだった文化や常識がわかるようになり、日本社会で暮らしていく自信につながったと感じています。ル・コルドン・ブルーが料理の基礎を教えてくれたとすれば、ICUは日本での生活の基礎を教えてくれたと言えるかもしれません。

また、ICUでは多くの先生に出会いましたが、中でも印象的なのが斎藤美津子先生(専門:コミュニケーション)です。特に覚えているのは、コミュニケーションに関する授業。講義中、急にボールを持ち出して学生に投げたかと思えば、すぐに投げ返させてまた別の学生に投げる。突然のことに学生一同驚きましたが、コミュニケーションにおいて大事なことを、とても分かりやすい形で解説してくださったのです。相手の発した言葉を受け止めることと、相手が受け止められる言葉を発すること。シンプルですが、今でも深く心に刻まれています。

特に異文化間のコミュニケーションでは、斎藤先生の教えの重要性を実感します。私たちの常識は、実は固有の文化の中で「習得」したものばかり。当然、文化が違えば常識も違います。相手が受け取りやすいのはどのようなボールなのか、前提を把握して対話をすることが、相互理解のためには欠かせません。ドイツと日本の架け橋という役割を担う上で、非常に大切なことを学んだと感じています。

目標は心穏やかでいること

仕事をする中で大事にしているのは、無理をしないこと。そして、少人数で全員の顔が見える範囲でのコミュニケーションを大事にしたいと思っています。聞きたいことを聞き、本当に伝えたいことを伝えられるからです。

また、常に周りに対してオープンな姿勢でいることも重要です。日本は協調性が重んじられる文化なので、こうあるべきと思ってしまうことが多く、難しい部分もあるかもしれませんが、本当はそれぞれが違っていて当たり前です。違うことが当然だと考えておくことで、受け入れられることも増えて新しいことや人に出会うチャンスが巡ってくるのではないかと思います。

結局、人生で中心になるのは「自分がどうしたいか」なのです。鹿児島に家を建てたことを驚かれることもありますが、私にとっては東京も鹿児島もドイツもフランスも大きく変わりはありません。どこも違いますし、逆に言えばどこも一緒です。それぞれの生活があって、それぞれの幸せがある。周りから「そんなことが幸せなの」と言われても、本人が幸せならそれでいいと思うのです。

私にとっては、穏やかな気持ちでいられることが一番の幸せです。今も、鹿児島で新たな企画を立ち上げようと考えていますが、あくまでも無理をせず、自分のスタイル、できる範囲で形にしていきたいですね。

Profile

門倉 多仁亜 料理研究科

1989年 教養学部語学科(当時)卒業 異文化コミュニケーション専攻

日本とドイツにルーツを持つ。教養学部語学科異文化コミュニケーション専攻(当時)を卒業後、金融機関に勤務。その後夫の留学に伴ってイギリスに渡り、ル・コルドン・ブルー グラン・ディプロムを取得。帰国後、料理教室を始める。現在は料理研究家としてだけでなく、ドイツ式のシンプルなライフスタイルを伝える活動を続けている。

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