卒業生の声

*肩書はインタビュー当時のものです。

*肩書はインタビュー当時のものです。

奈良橋 陽子 
演出家、作詞家、キャスティングディレクター、世界で活躍できる役者の養成所「UPS ACADEMY」代表
1969年 教養学部語学科(当時)卒業
Ms.Narahashi

役を輝かせるほどの才能を探して

キャスティングディレクターとして、直近ではリドリー・スコットが製作総指揮を担うアメリカの映画『アースクエイク・バード』に三代目J Soul Brothersの小林直己さんを推薦しました。仕事を依頼された時に意識しているのは、「新たな才能の開拓」です。誰かと同じような、当たり前のキャスティングはしたくないと考えています。『ラストサムライ』に渡辺謙さんを推したときもそうですし、菊地凛子さんや鈴木杏さん、大後寿々花さんのハリウッド進出を後押しできたのも同じ理由です。ただ有名だからという理由ではなく、少し視野を広げて本当に適した人材を探し求めるようにしています。その結果、多くの方の海外への挑戦を支えることができました。

また、アンジェリーナ・ジョリーが監督を務めた『不屈の男 アンブロークン』で、私がキャスティングした世界的ギタリストのMIYAVIさんは、作中で実に素晴らしい演技を見せてくれました。俳優として初めてのキャリアだったため、学んでいただくべきことはもちろんたくさんありました。しかし、「表現者」としての研ぎ澄まされた感性を外から引き伸ばすことで、存在感を十分に発揮してくれたと感じています。このように役に合致する人を探す過程では、役者以外の才能にも目を向けるように心がけています。

一方、「役と俳優の相性」も非常に重視しなければならない要素です。どれだけ表現力に長けていても、キャストとして求められる演技を見せられなければいい配役とは言えません。まずは私が脚本や原作を徹底的に読み込んで役のイメージを膨らませ、その役にピッタリとハマる、さらに言えばより輝かせてくれる役者を見つけ出すことに醍醐味を感じます。

Ms.Narahashi

映画製作チームの一員としての誇り

キャスティングは、映画製作の序盤で重要になる仕事の一つです。大きな興行収入を見込める俳優を起用できるか否かが、企画の実現に多大な影響を及ぼすからです。私にも、おおよそのストーリーや規模感が固まった段階で、声がかかることが多く、映画を製作する始まりの「クリエイティブ」な段階に関与できることは、非常に面白くありがたいことだと感じています。そのため、常に自分自身も映画を「作り上げていく」メンバーの一人であると強く自覚しています。監督や脚本家の方の意向も汲み取りながらプラスαの視点でアイディアを共有し、時には性別を超えた配役を提案することもあります。アメリカでは、しばしば"white washing※"が問題視されますが、社会的に認められる範囲で枠にとらわれないキャスティングができればと考えています。

プロデューサーとして、製作の中で、監督やスタッフ、役者と意見が合わないことはあります。そのような場合は、とにかく話し合いを重ねるようにしています。特に近年、観客のダイバーシティやインクルージョンへの意識が強まっており、国籍や性別に関してステレオタイプな演出が行われている作品は受け入れられなくなっています。

盛んに意見を交わすことで、日本人の方が日本に対して既成の考え方にとらわれていると気付くこともあります。私が監督を務めた映画『THE WINDS OF GOD』では、必要な情報を納得いくまで調べ上げ、従来のイメージを覆すシーンを作り出すようにしました。戦時中の特攻隊を描いた作品なのですが、一般的に当時の隊員は英語を一切使わなかったと思われています。しかしリサーチを重ねることで、ごく普通に英語を習い、話していたことがわかりました。そこで隊員たちが競走する場面では、あえて「用意、スタート!」という英語を用いたセリフをいれることで、より当時の時代背景をリアルに描くことができました。

特にアメリカの場合は、十分な資金を投じて徹底的に事前準備やリサーチを実施する傾向が強いです。『ラストサムライ』でも、出演者が「日本の物ではない」と錯覚するような斬新な兜が当時使われていたことがわかり、実際に作中にも登場します。日本だと調査の部分の資金は限られていることが多いですが、今後はリサーチの重要性がさらに認められればと思います。

※白人以外の役柄に白人俳優が配役されること

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ICUがくれた、人生を変える出会いと気づき

役者の道を志していた私に、ICUへの進学を勧めてくれたのは父親です。芸能を生業にするにしても、社会で必要な知識を養うべきだというのが父の考えでした。日本での活動を志望していたものの、長い間カナダで生活を送っていた私にとっては、日本語や日本の文化を習得するという意味でも最適の期間だったと感じています。しかしそれ以上に、人生を変えてくれた本当に素晴らしい選択だったと感じています。特に私に影響を与えてくれたことが三つあります。

一つ目は、多くの知識を養えたこと。例えば、私はゴダイゴの『ガンダーラ』という曲の作詞を担当したのですが、この詞はICUでの考古学での授業に着想を得たものです。授業の中で知り、概念や音の響きに魅力を感じてずっと頭に残っていた言葉が、理想郷とされる「ガンダーラ」です。作詞の話をいただいたとき、伝えたい思いをこれほどまでに表現してくれる言葉はないと思いました。今でも多くの人に愛される名曲の誕生に関わることができ、とてもありがたく感じています。

次に、後に結婚する男性に巡り会えたことです。在学中に出会って卒業してから結婚し、二人の子宝にも恵まれました。今では3人の孫と過ごすことも頻繁にあり、子や孫のいない人生は考えられません。 そして、三つ目は自分の意見をもつことの重要性に気付けたことです。今でもそうかもしれませんが、日本人と留学生が一緒に受ける授業で質問に手を上げるのはほとんどが留学生でした。文化的に日本では和を重んじる側面がありますが、もし間違っていても、そしてたとえレベルが低くても独自の見解を発信することはとても尊いことだと身をもって学びました。役者を志す上でもそうでしたが、今でも一人の社会人として生きていく上で大切なことだと感じています。

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ルーツに"こだわる"必要はない

海外に飛び出すことは、自国のことを学ぶために非常にいい経験だと思います。私は幼い頃から現在に至るまで常に海外と日本を往復する生活を送っていますが、どこにいても日本のいい部分と悪い部分を実感する場面に直面します。

ICUの学生には、自分のルーツを見失って悩んでしまう人も多いかもしれませんが、そういう人にこそ海外で多くの事柄に触れてほしいです。異国の文化や言語に触れるだけで、何かに帰属することへのこだわりが少し薄れ、自身の存在そのものを賛美できるようになると思います。自分の長所を見つけ、自分らしさとは何かを考え、自分の進みたい道をイメージする。そのプロセスを歩むことの素晴らしさにぜひ気付いてほしいと思います。

自分を誰かと比べたり悩んだりしない。あなたという人間は世界に1人しかいないのだから。さまざまな違いがあるからこそ、人は面白いし、人生は美しい。命はすごい!のです。若い人たちにも、同じように感じてもらえればうれしいですね。

Profile

奈良橋 陽子(ならはし ようこ)
演出家、作詞家、キャスティングディレクター、世界で活躍できる役者の養成所「UPS ACADEMY」代表

1969年 教養学部語学科(当時)卒業

父の仕事の関係で、幼少期から高校までカナダで暮らす。帰国後、ICU 教養学部に入学。卒業後N.Y.の演劇学校で学ぶ。現在は演出家や作詞家、俳優養成所「UPS ACADEMY」の代表、そしてキャスティングディレクターなど多方面において活躍している。キャスティング作品に、『ラストサムライ』『バベル』『SAYURI』など。ICU高校の校歌の作詞も担当した。

Ms.Narahashi