

比較文化専攻では、広義の文化の諸現象を、問題指向的な方法に基づき深く比較研究し、リベラルアーツの精神と高度の人文学の訓練とを結合した、未来への先見性と責任感とを備えた指導的な役割を果たす人材を養成します。

比較文化研究のエッセンスは、「他者を知ることによって我を知る」ことだといえます。一方、こうした探求は、片道の旅ではなく往復の過程となっています。始まりがあっても終りがない、往復の連続の過程で、永遠なる動態です。京都の竜安寺には知識のアレゴリーと見なしうる有名な石庭があります。十五個の大きい石からなりたっているのにもかかわらず、どの視点から見ても十四個しか見えません。「比較文化専攻」の目的は、一個の石を見極める視線を育てて、他の石との組み合わせを把握できるために視野を広げる一方で、その視野には入らぬ十五個目の石の存在に気づかせることです。
比較文化専攻専門分野は日本思想史なかでも江戸期の思想です。儒教、仏教、国学といった形で体系化・教義化された思想だけではなく、その時代を生きた武士、庶民、老人の心性や死生観などを広く研究しています。大学は「知」を商品化・情報化して効率よく提供する場ではなく、「知」を鍛え養う場であって欲しい。それ故に、敢えて、「不親切」「意地悪」な授業に心がけ、過保護な教育サービスは避けています。
比較文化専攻は専門分野を横断した多角的な視点から学べることが、その大きな特色です。しかし、これはともすると、カルチャーセンターの体になりかねません。どこまでも専門性を深めた上で、それを足場として他の学問領域に越境して、自らの専門性を広く開いて一般化してゆくことが求められます。そして共に知の共同体を形成しましょう。
比較文化専攻日本思想史を学部から引き続き小島先生の下で学んでいます。大学院では、明治維新を境に人々が失ったものと得たものを思想の観点からとらえてみたいと考えています。具体的には川上貞奴(1871〜1946)を取り上げます。伊藤博文を初めとする明治の元勲に愛された芸者から、日本の女優第1号に転身。一般人の渡航が困難な時代に、夫の川上音二郎が率いる劇団の欧米公演で高い評価を受け一躍時の人となり、音二郎の死後は実業家の福沢桃介との生活で世間を賑わせました。彼女に対する世間の視線はその時々で大きく変化します。価値観の変革や社会の変動を経験した人々が、花柳界から身を起こし西欧と関わった女性をいかにとらえたのか。貞奴への多くの評価を丹念に読み込むことによって浮かび上がる当時の人々の道徳観や人生観を考察したいと思います。