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2020年 新年大学礼拝

公開日:2020年1月9日

2020年1月8日(水)、大学礼拝堂において2020年新年大学礼拝が執り行われました。

北中晶子牧師(宗務部長代行)の司式で始まった礼拝では、参列者一同で讃美歌第410番「鳴かれし鐘の音」を斉唱、マタイによる福音書5章13-16節が朗読され、その後、日比谷潤子学長が年頭挨拶を行いました。

日比谷学長は、近年多く発生している自然災害や、2019年11月に来日したフランシスコ教皇が「青年との集い」で発したメッセージに触れつつ、礼拝に参加した一人一人に地の塩・世の光として生きているかを問いました。そして、「病気や怪我で苦しんでいる人、困窮にあえぐ人に寄り添い、手を差し伸べる。さらに日常的には、乗り物の中で席を譲る。私たちがこのような「おこない」を、単なる義務感から、あるいは自分の満足のためではなく、多くの恵みを与えて下さっている神への感謝、そして他者への共感をもってする時、神の栄光が反射し、その光を通して神の国のしるしが見えるのです」と、メッセージを述べました。

以下、日比谷学長新年挨拶全文

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聖書朗読箇所: マタイによる福音書第5章第13〜第16節
讃美歌:410 「鳴れかし鐘の音」

あけましておめでとうございます。みなさま、よいお年をお迎えになったことと思います。私は2012年4月にICUの第10代学長になりました。本日は、翌年の1月から数えること8回目、そして最後の新年礼拝メッセージをお届けします。

学長就任からほぼ半年後の10月11日は、第二バチカン公会議開幕50周年でした。そのちょうど1年前に当時の教皇ベネディクト16世が公布した書簡 "Porta Fidei"(信仰の門)には、「わたしたちは塩に塩気がなくなり、光が隠れたままでいるのを受け入れることができません」と記されていました。先ほど朗読されたマタイによる福音書第5章第13節から第16節を踏まえて書かれたこの一節からは、私たちが地の塩でもなければ世の光でもなくなってしまっていることへの深い危機感が読み取れます。

主イエスが山の上から、貧しく蔑まれ疎んじられていた群衆に向かって語った言葉は、今日ここに集められた一人ひとりにも向けられています。2020年を迎えた今、私たちは地の塩・世の光として生きているでしょうか。

みなさんクリスマスからお正月にかけて、いろいろ美味しいものを召し上がったと思いますが、塩のない世界を想像してみてください。あれもこれも味気なかったに違いありません。七面鳥でもローストビーフでも、お雑煮でもなますでも、塩をぱぱっと加えることで、味がぐっと良くなります。それ以前に、そもそも塩がなければ、人間は生きていくことができません。「あなたがたは、地の塩である。」つまり、私たちはなくてはならない存在なのです。

昨年は自然災害、とりわけ多くの台風に見舞われた年でした。私の友人の中にも、停電が長期化したためホテルを転々とする生活を余儀なくされた人がいましたが、停電になったら、みなさんまずは蝋燭に火をともすのではないでしょうか。(あるいは、懐中電灯でしょうか。)たとえ小さいものであっても、蝋燭が一本点いているだけで、真っ暗な部屋は真の闇ではなくなります。「あなたがたは、世の光である。」つまり、私たちは暗闇を照らしうる存在なのです。

世の光として輝くために一人ひとりに期待される「よいおこない」とは、どのようなことでしょうか。昨年11月に来日したフランシスコ教皇が、東京で開催された「青年との集い」で発したメッセージに、一つのヒントがあります。一部引用すると、

次のように問うことが大事なのです。「わたしはだれのためにあるのか。」
(中略)
あなたが存在しているのは神のためで、それは間違いありません。ですが 神はあなたに、他者のためにも存在して欲しいと望んでおられます。神は あなたの中に、たくさんのよいもの、たまもの、カリスマを置かれましたが、 それらはあなたのためというよりも、他者のためなのです。

この集いには、日本で暮らしている難民申請者5人と難民留学生1人も招かれていました。2018年に日本で難民認定を申請したのは10,493、そのうち認定を受けたのはコンゴ民主共和国13人、イエメン、エヒオピア各5人、アフガニスタン、中国各4人、イラン、シリア各3人など、合計わずか42人に過ぎず、主要先進国の中で難民認定率が極端に低くなっています。このような状況は打破しなければなりませんが、たとえばもっと身近なところで、病気や怪我で苦しんでいる人、困窮にあえぐ人に寄り添い、手を差し伸べる。さらに日常的には、乗り物の中で席を譲る。私たちがこのような「おこない」を、単なる義務感から、あるいは自分の満足のためではなく、多くの恵みを与えて下さっている神への感謝、そして他者への共感をもってする時、神の栄光が反射し、その光を通して神の国のしるしが見えるのです。

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