ニュース

ハーヴィ・G・コックス・Jr. 教授(ハーヴァード大学神学校 ホリス神学研究教授・キリスト教史/神学)が講演

2016年5月17日

5月6日(金)、本学のキリスト教と文化研究所主催で、ハーヴァード大学神学校のハーヴィ・G・コックス・Jr.教授を招聘した「金の子牛と神格化された市場──グローバル消費者資本主義への神学的視座──」と題した講演が行われました。

コックス教授は、現代では市場(Market)が神格化され、宗教的な性格を得ていると、神学的視点から現代の資本主義市場の在り方を指摘しました。

そして講演後の質疑応答の時間には、参加した学生や教員などから多数の質問がなされ、コックス教授とより深い対話が交わされました。


以下、コックス教授の講演要旨

市場経済は市場社会へ、そして市場社会から市場文化へと移行しており、さらに市場宗教へと変貌を遂げており、今や我々の価値の中心となっている。現在の市場は、1. 人間がどのように生きるべきかを教えてくれ、2. 人生の意味や目的を明確に示し、3. クリスマスや母の日などを経済行動を活性化させる日として取り込むことで資本主義を崇拝する「礼拝の儀式」を持ち、4. 銀行、証券取引所といった市場活動を適切に機能させ秩序立てるための「神殿」たる中枢機関を備えるなどの特徴を備えた、充分に宗教的と見なしうる存在となっている。

そうした市場こそ、我々にとって何が最善で本当に欲するものは何であるかを最もよく知る存在であるとされており、ときに未来のことすら把握し、もはや全知にして偏在する存在とすらなりかけている。その結果、我々の結婚や子どもの数に至るまで大文字で始まる"Market"が裁可を下すようになっている。

ここで神学的な関心の対象となるのは、人間の欲望という課題である。キリスト教において欲望それ自体は悪ではないが、それが不適切な目的に向けられるときに問題となり、神によって与えられた欲望を浪費することになる。いわば欲望が乱されていることになり、人間と社会を歪めてしまうと考えられる。

市場経済それ自体は善くも悪くもないが、市場はそれを取り巻く家族や国家や共同体や宗教的伝統によって育まれたにもかかわらず、他が力を弱めるにつれて不適切なほど強大な存在となってしまった。社会のしもべとしての適切な地位に戻すことが望ましい。