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2019年 新年大学礼拝

公開日:2019年1月10日

2019年1月9日(水)、大学礼拝堂において2019年の新年大学礼拝が執り行われました。

学生、教職員が参加する中、北中晶子牧師の司式で礼拝は始まり、参列者一同で讃美歌第411番「すべしらす神よ」を斉唱、詩編130篇6節が朗読され、その後日比谷潤子学長が年頭挨拶を行いました。

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聖書朗読:詩篇130篇6節
わが魂は夜回りが暁を待つにまさり、
夜回りが暁を待つにまさって主を待ち望みます。
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日比谷学長は、本学のキャンパス内に残る国の登録有形文化財である一畳の書斎「一畳敷」を建てた、北海道の名付け親で探検家としても知られる松浦武四郎の功績に触れました。特に、武四郎がアイヌの人々の協力を得て作成した蝦夷地(現・北海道)の地図、『東西蝦夷山川地理取調図』を例に挙げ、「先程朗読された詩篇第130篇第6節に出てくる夜回りは、一睡もせずに夜通し見張りをして、いつ襲ってくるか分からない敵や危険な獣から町や隊商を守っていました。見張りは、一時たりとも緊張の解けない、厳しく辛い仕事であり、暁が待ち遠しいことは、容易に想像できます。その夜回りが、暁を待つにもまして主を待ち望むのは、主が闇の中の希望だからです。武四郎があらゆる困難を克服して調査を貫徹できたのも、夜回りが暁のおとずれを信じて主を待ち望んだように、必ず蝦夷地の地図を完成させるという信念と揺らぐことのない希望を持っていたからでしょう。私たちもこの1年、どんなに難しい状況にあっても望みを捨てることなく、主を待ち望み、それぞれの目標を達成していきたいと思います」と、年頭所感を述べました。

以下、日比谷学長新年挨拶全文


あけましておめでとうございます。

ご承知のとおり、ICUのキャンパスには国の登録有形文化財に指定されている泰山荘があります。紀州徳川家当主の徳川頼倫によって1925年に建てられた高風居は、その中でもとりわけ由緒ある建築で、この建物に差し掛ける形で一室をなしている「一畳敷」は、幕末の探検家そして北海道の名付け親として知られる松浦武四郎が、自らの古希を記念し、旅の途中で知り合った人々の伝手で、北海道から宮崎県まで全国各地の有名な神社仏閣などから譲り受けた木片を組み合わせて造った一畳の書斎です。

昨年は、武四郎の生誕200年でした。本学ではこれを記念して、9月11日から11月9日まで湯浅八郎記念館において、「松浦武四郎生誕二百年記念『ICUに残る一畳敷』」と題する特別展を開催しました。原寸模型と写真パネルで一畳敷を紹介したほか、書簡、絵葉書帖、一畳敷残材といった武四郎の遺品など、約80点が展示されました。私もこの特別展を見学に行き、原寸模型の中にも入って、晩年の武四郎の心境にしばし思いを馳せました。

また10月6日にはディッフェンドルファー記念館のオーディトリアムで、『一畳敷の世界を探究する』と題するシンポジウムを行い、250名もの来場者がありました。シンポジウムは、武四郎が生まれた三重県松阪市の竹上真人市長と毛利勝彦教養学部長の対談から始まり、かつてICUでも教えていらしたヘンリー・スミスコロンビア大学名誉教授による基調講演へと続きました。「松浦武四郎の好奇心と独創性の旅」をテーマとする講演でスミス先生は、一畳敷との出会いを振り返り、旅の記録として残されている日誌や『涅槃図』などの資料から武四郎の生涯を分析、最後のパネルディスカッションでは、登壇者がそれぞれの視点から「旅の巨人」や「多様性を尊重する寛容な人物」としての武四郎を語り、議論を深めました。

その後私は、パネリストのお一人だった松浦武四郎記念館学芸員の山本命先生にいただいたご著書を読みましたが、巻末に収められている『東西蝦夷山川地理取調図』の精緻さには、心底感嘆しました。当時、蝦夷地の輪郭は先行する伊能忠敬と間宮林蔵による測量で既に明らかになっていました。武四郎はアイヌの人々の協力を得て、約13年間に6回にわたる調査を実施し、測量が及んでいなかった内陸部の状況を明らかにしました。『取調図』には山や川、そして9,800ものアイヌ語の地名が詳しく表されています。夏は蚊に飛べなくなるほど血を吸われ、冬は唇が凍りついて喋れないほどの寒さという、過酷を極める状況のなか進められた調査の末に完成した地図は、北海道、国後島、択捉島を含むもので、経度・緯度1度ずつを1枚とし、全26枚をつなげると縦2.4メートル、横3.6メートルになるとのことです。地図には、協力してくれた270人ほどのアイヌの人々の名前も記されています。

先程朗読された詩篇第130篇第6節に出てくる夜回りは、一睡もせずに夜通し見張りをして、いつ襲ってくるか分からない敵や危険な獣から町や隊商を守っていました。見張りは、一時たりとも緊張の解けない、厳しく辛い仕事であり、暁が待ち遠しいことは、容易に想像できます。その夜回りが、暁を待つにもまして主を待ち望むのは、主が闇の中の希望だからです。

武四郎があらゆる困難を克服して調査を貫徹できたのも、夜回りが暁のおとずれを信じて主を待ち望んだように、必ず蝦夷地の地図を完成させるという信念と揺らぐことのない希望を持っていたからでしょう。私たちもこの1年、どんなに難しい状況にあっても望みを捨てることなく、主を待ち望み、それぞれの目標を達成していきたいと思います。

最後に、湯浅博物館の特別展にもディッフェンドルファー記念館のシンポジウムにも行けなかった方々へ。武四郎生誕200年記念イベントは今年に入っても続いており、6 月 14日まで図書館の歴史資料室で企画展「パイオニアたれ-松浦武四郎と明治知識人の系譜-」が開催されています。ぜひ足を運んでください。

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