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2015年 夏季卒業式 日比谷潤子学長 式辞

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マタイによる福音書25章40節

「わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである。」


教養学部卒業生、大学院博士前期課程、後期課程修了生のみなさん、おめでとうございます。ご家族、ご親戚、ご友人の方々にも、心よりお祝いを申し上げます。

本日の卒業生の大半は、東日本大震災から6か月後の2011年9月に入学しました。大震災では、当該地域の全住民が深刻な被害を受けました。このような緊急事態が発生した時には、正確な情報が効率的に伝わるかどうかが、生死を分けます。

地震発生から11日経った3月22日、映像作家の今村彩子監督は宮城県に向かい、カメラを回し始めました。映画『音のない3.11~被災地にろう者もいた~』は、7回にわたる訪問で撮影された46時間に及ぶ映像をもとにした作品です。

この映画の主人公は、信子というろう者です。近所の人が、津波がくるから逃げるように身振りで教えてくれ、かろうじて難を免れました。この親切な人がいなければ、信子は太平洋岸の家の中にいたまま、波にのまれてしまったかもしれません。その後今村監督は、実際に津波や避難の警報が聞こえなかったために、命を落としたろう者が少なくなかったことを知ります。災害発生時に何らかの理由で必要な情報を得られない被災者は、情報伝達が可能な人々をはるかに超える割合で、命を落としたり負傷したりするのです。

映画は、信子が避難所でもさらなる困難に直面する様子を描いています。音声によるアナウンスが入手できないため、食べ物や救援物質を受け取るには、常に回りの人々を注意深く見ていてその後についていかなければならず、眠ってしまうと情報は一切入ってきません。

今村監督がこの23分の映画で伝えたかったのは、命にかかわる情報は、すべての人に平等に行き届くべきものというメッセージです。この映像の主人公はろう者ですが、緊急事態における情報提供のあり方を考える際には、それ以外のさまざまな障がいを持つ人々や、多言語対応を必要とする人々への配慮を忘れてはなりません。

今村監督は、映像制作に加えて、作品を活用するための取組にも従事しており、同監督の公式ウェブサイトで公開されている各種のスタディガイドは、学校や自治体、NPOでの研修に活用されています。

東日本大震災からほぼ半年後の2011年10月に発足した第22期日本学術会議の言語・文学委員会は、「情報弱者への情報伝達(特に災害時における)の方法の検討」を三つの優先課題のうちの一つに定めました。同委員会は、2013年に今村監督と手話の専門家を講師として招聘し、合わせて『音のない3.11~被災地にろう者もいた~』を上映しました。

この課題は昨秋からの第23期にも引き継がれ、私も言語・文学委員会のメンバーに加わりました。研究者間でネットワークを構築し政府に対して提言することが学術会議の主要な役割の一つですが、言語学の知見を災害時コミュニケーションに役立てる機会を与えられたことに感謝します。さまざまな機関に所属する研究者と協力しつつ、今村監督の訴える、誰もが生死を分ける情報を入手できるような共同体の実現に向け、活動していきます。

本日の式辞では今村監督のお仕事を紹介し、私自身の領域を一つの例として、専門分野を通じた社会貢献についてお話ししてきましたが、神と人とに奉仕する有為の人材の養成を目的とするICUを今日、卒業/修了するみなさんには、この大学で身につけたこと、さらにそれを基礎に社会に出てこれから学ぶことを、世のため人のために是非生かしていただきたいと願います。

2014年5月のキリスト教週間特別礼拝では、大阪釜ヶ崎を拠点に聖書を原文で読み直す活動を続けていらっしゃるフランシスコ会の本田哲郎神父にメッセージをお願いしました。本日の式の冒頭では、マタイによる福音書第25章第40節から、「わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである。」が朗読されました。本田版聖書のこの箇所を読んでみましょう。「わたしの身内である、このいちばん小さくされている者の一人にしたのは、わたしにしたのである。」ここで「わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとり」は、「自分につながる身内」、「痛みを知る人」という感覚で捉えられています。かろうじて津波の難を免れた信子、避難所で回りの人々の動きを見て物資を受け取る信子は、間違いなく「いちばん小さくされている者」の一人です。

今日、ICUを巣立っていくみなさんが、「小さくされている者」との交わりに神からの働きかけを感じる日々を送っていくことを心からお祈りしています。みなさんの行く手に神の豊かな祝福がありますように。

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