なぜ、国の登録有形文化財である泰山荘がキャンパス内にあるのか?
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50なぜ、国の登録有形文化財である泰山荘がキャンパス内にあるのか?
「泰山荘」とは、日産財閥の重役であった山田敬亮が、富士山の見える郊外で茶会を開くための別荘として、ここ三鷹の地に建設した建物群の名称です。泰山荘を構成する、表門、母屋、書院、待合、高風居、蔵、車庫の各建物は、1936(昭和11)年頃に現在の場所に新築・移築されました。戦雲ただよう時代にもかかわらず行なわれた泰山荘の席披きには、松岡洋右や寺内寿一など政界の有力者が出席したという記録が残っています。しかしほどなく泰山荘は、山田家から次の所有者の手に渡ることになりました。1940(昭和15)年に中島飛行機会社が周辺の土地一体を購入、その創業者・中島知久平が泰山荘を自らの住居として、戦中から終戦直後にかけて生涯最後の時期を過ごしたのです。
1950(昭和25)年、ICUは献学の地としてこの旧中島飛行機会社の敷地を選び、奇跡的に戦火を免れそのままに残っていた泰山荘も大学の所有となりました。こうして1953(昭和28)年の献学以後現在まで、泰山荘は大学の一施設として維持・管理されることになったのです。残念ながら1966(昭和41)年に母屋が焼失する火事に見まわれたものの、残る6つの建物はその歴史的価値が認められ、1999(平成11)年に国の登録有形文化財となりました。
このようにICU献学以前からの歴史の中でいくつかの偶然と幸運が重なり、泰山荘は当時のままの形でキャンパスに保存されているのです。