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2020年 夏季卒業 岩切正一郎学長 式辞

公開日:2020年6月30日

教養学部アーツサイエンス学科を修了し、学士の学位を取得されたみなさん、また、大学院アーツサイエンス研究科博士前期課程、後期課程を修了し、それぞれ、修士、博士の学位を取得されたみなさん、ご卒業おめでとうございます。ご家族、ご親族、ご友人の方々にも心よりお喜び申し上げます。

今年は、新型コロナウイルス感染症のために、春学期を通じて授業はオンラインで行われ、夏季卒業式も中止せざるを得ませんでした。

皆さんがICUで学び研究した日々、その最終学期には、期待していた通常の学びや研究のとき以上に多くの困難があったことと思います。この式辞を通して、私は第一に、みなさんの知性の力、困難に打ち勝つ勇気、論文を完成させるポジティブな心構えを祝したいと思います。

そして、ご卒業をお祝いします。日本語の卒業を、英語ではcommencementと言います。おなじ対象を指しているのにこの二つの語には違った意味があります。Commencementは、古仏語からの言葉で、「始まり」を意味します。卒業は「学業を卒(お)えること」。つまりみなさんは、ひとつのことが終わり、新たなことが始まる敷居の上にいます。

ICUでの学生生活を通じて、みなさんはリベラルアーツの経験を重ね、それはみなさんの中に深く根を張りました。リベラルアーツは、これからみなさんが難しい問題に直面するとき、その解決策を発見し、決断をくだし、新しい価値体系を創造するための助けとなるでしょう。

現代社会では、どのような社会的な問題も、グローバルなコンテクストの中に置かなければ解決できません。貧困、病気、汚染、不平等、搾取...
そして、どのような問題も、複合的な観点から考察しなくてはアプローチすることができません。みなさんのなかに組み入れられたリベラルアーツの総合的でしなやかな構造と、みなさんがそれぞれの専門研究を通じて獲得した個別のスキルと知識が、人生のなかでひとつになって機能し、困難で複雑な状況に対応できることを願っています。

新型コロナウイルスの感染が拡大して以来、私たちがよりはっきりと気付かされたことがあります。それは、私たちの実存のなかにさまざまな種類の資本、経済的な資本と象徴的な資本が投資されているということです。健康、経済、文化。
実存のこの多様な側面に関して、私はとある考えを引用したいと思います。マイクロクレジットの実践によってノーベル平和賞を受賞したムハンマド・ユヌスの言葉です。彼はこう言っています。「資本主義は人間の性質を狭い見方でしか捉えていない。人々は最大の利益を追い求めることにしか関心のない一面的な存在だと思っているのだ。」そしてこう主張しています。私たちは「人間であるということの本質を捉えること」に失敗してはならないのだと。彼によれば、人間は、たんに経済的な存在ではなく、宗教的、情動的、政治的、社会的な存在です。私はここに感性的な(aesthetic)という性質も付け加えたいと思います。

ICUのリベラルアーツを身につけたみなさん、そして、「人間であるということの本質」について何度も議論し考えたみなさんは、今、人間の事柄を扱うときに全体的に行動し考える準備ができています。対話と批判的思考、多様性と他者への開かれ、人間の尊厳と権利の尊重、これら、その価値をみなさんが良く知っていてリベラルアーツを構成する要素のすべては、みなさんにとって、ある種の第二の本性になっているのではないでしょうか。

リベラルアーツというこのシステム、構造化する構造が働いて、みなさんの人生と、そして人類にとって、有益な結果を生み出すことを願います。

最後に、もうひとつ別の言葉を引用しようと思います。世界文学の最も偉大な作家のひとり、マルセル・プルーストの言葉です。

小説『失われた時を求めて』のなかで彼は二つの記憶を区別しています。ひとつは意志的な記憶、もうひとつは無意志的な記憶です。前者は、思い出そうとすればいつでも好きな時に思い出せる記憶を指します。たとえばみなさんが、ICUでの日々はどうでしたか、と聞かれて、もしそれを簡単に思い出せて表現できるなら、それは、プルーストの言い方を借りるなら、「同質なエレメント」で出来た意志的な記憶です。
もうひとつの、無意志的な記憶は、何も覚えていないはずの自分に、あるとき偶然、戻って来る記憶です。それは思いがけないやり方で、過去の瞬間を悦びに満たされて生き生きと甦らせます。

小説の語り手は、こうした瞬間のことを次のように言っています。「それらはおそらく時間を免れた実存の断片だったのであろう。」それを見つめる行為は束の間に過ぎないことを認めながらも、彼はこう主張するのです。「私の人生のなかで与えられたこの快楽こそが唯一、豊穣で真実のものだ」と。

多くの思い出、印象、感情がみなさんのなかにあります。そのいくつかは常に鮮明に生き生きと留まるでしょう。いくつかは忘却のなかに沈むかも知れません。けれどもある日、それはすぐそこの未来ではなく、だいぶ時が経ってから、ICUで過ごした刻(とき)が、ふとした形で思い出されたとき、それが悦びと至福に満たされ戻ってきますように。

ご卒業、おめでとうございます。

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