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2021年 新年大学礼拝

公開日:2021年1月7日

2021年1月6日(水)、大学礼拝堂において2021年新年大学礼拝が執り行われました。本年度は新型コロナウイルスの感染拡大防止対策として、間隔を保った着席およびZoom Webinarによるライブ配信も行われました。

北中晶子牧師(宗務部長代行)の司式で始まった礼拝では、参列者一同で讃美歌第338番「主よ、おわりまで」のオルガン演奏を聴き、マタイによる福音書5章1-10節が朗読され、その後、岩切正一郎学長が年頭挨拶を行いました。

岩切学長は、昨年突如現れた新型コロナウイルスによる世界中の大きな変化に触れ、幾度となく人々がこのようなパンデミックに見舞われつつも、強く乗り越えた様子をデカルトやニュートンを例に述べました。そしてどのような時代であれ、真理の発見を志し、自分の人生のなかに確かなものを見出すことの必要性を語りました。

また今一度、自分たちの行いを振り返り「謙虚に生きること」「ごく当たり前の人間のあり方を肯定すること」を欲し、人の成長は「同じ空間、同じ時間を共有し、体験をともにすること」にある、とメッセージを述べました。

以下、岩切学長新年挨拶全文

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聖書朗読箇所: マタイによる福音書第5章第1〜第10節
讃美歌:第338番 「主よ、おわりまで」

 

皆様、あけましておめでとうございます。

昨年は、春先からの思いがけないパンデミックのために、世界中が経済的にも社会的にも大きな困難に見舞われた年でした。本学でも様々な問題を解決しなくてはなりませんでしたが、神様の御恵のもと、教職員、学生、そして同窓生が力を合わせ、その困難に立ち向かうことができました。年が改まった今も、状況は厳しいままではありますが、こういう時にこそ希望を持って、日々を過ごして行きましょう。

さて皆さん、このお正月、年があらたまって、新しく日記の1ページ目に何か文章を記した方もいらっしゃることと思います。

今から約400年前。1619年1月1日、という日付のある「小さな羊皮紙のノート」、そこにデカルトは文章を書き始めました。その頃のヨーロッパは、関係した地域に広く荒廃をもたらす30年戦争が始まったところでした。デカルトのノートには、いろいろなタイトルのもとにメモが書かれていましたが、そのタイトルのひとつは「オリンピカ」というものでした。「オリンピカ」のなかには、デカルトがドイツのウルムという街で、冬、炉部屋にこもり、そして11月10日に「驚くべき学問の基礎」を発見したこと、3つの神秘的な夢をみたことが書かれていました。このノートは今では失われて、デカルトの伝記作者による記録が残っているばかりです。

それから約20年後の1637年に「我思う、ゆえに我あり」という有名な言葉が書かれている『方法序説』が刊行されました。そこには、それまでに彼は「宇宙論」-それは太陽中心説を採り入れた論だったのですが-を執筆していた、ということ、けれども、その本の出版を断念したということが書かれています。この時代は、ガリレオが地動説を唱えて異端審問された時代で、デカルトは、同じような主張をしている自著の出版をためらったのです。

宗教の権威と科学的真実の対立。これは現代では、時の政府の意向と学問的真実の対立というかたちで容易に出現する可能性があるのは、最近私たちも目にしたところです。

その約30年後、ニュートンがペストに見舞われているロンドンを去って故郷でゆっくり田舎暮らしをしているときに、万有引力の法則を発見したのは有名な話です。

動乱や病気の蔓延のなかでも、人間の知性は働き続け、そこで発見されたものは長い年月がたったあとも、私たちに確かなもの、普遍的なものの探求のあり方を示してくれます。私たちは、私たちなりに、真理の発見を志し、自分の人生のなかに確かなものを見出すことができればと思います。

私たちは、新型コロナウイルスと戦っている最中です。日本では、オリンピックが今のところ開催予定になっています。「東日本大震災からの復興を世界にアピールする」ということだったオリンピックは、今では「人類が感染症に打ち勝った証として」開催されることになりました。感染症に対するヒロイズムは、オリンピックにことよせて人類が挙げる凱歌としては少し大げさな気がします。

私たちはもう少し謙虚に生きることができるのではないでしょうか。世界の国々のリーダーたちのなかには、何か奇妙なまでに高圧的で独善的な姿勢をみせている者が台頭していますけれども、私たちはむしろユーモアをもって、偽物のヒロイズムではない、親しみのある喜びと共に生きていく道を選ぶべきではないのでしょうか。

どのような感染症も、ある期間が過ぎればいったんは収束したという歴史が今回も繰り返すなら、コロナもやがては収束するでしょう。そのときに新しく踏み出す一歩は、ごく当たり前の人間のあり方を、今一度確認し、肯定するものであって欲しいと思います。人は、同じ空間・同じ時間を共有し、体験をともにすることを通じて他人を、そして自分を、いっそう良く理解し成長するのだということ。

今年が、ICUにとって、そして世界にとって、良い年となるように祈念いたします。
父と子と聖霊の御名によって、アーメン。

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