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2025年夏季卒業式を挙行
公開日:2025年7月15日

7月15日(火)、大学礼拝堂において2025年夏季卒業式を挙行し、学部生143人、大学院生43人あわせて186人が本学を卒業しました。
式典は、個を尊重する本学の特徴をあらわす献学時からの伝統に則り、卒業生・修了生一人一人の名前が紹介されたほか、聖書朗読、岩切学長式辞、グリークラブの合唱などが行われました。
卒業生たちは友人や家族と語り合いながら、思い出あふれるキャンパスの時間を楽しんでいました。
聖書朗読
マタイによる福音書 第13 章 3-8 節 (宗務委員長 小瀬博之)
岩切正一郎学長 式辞(全文)
教養学部アーツ・サイエンス学科を修了し、学士の学位を取得された皆さん、また、大学院アーツ・サイエンス研究科博士前期課程、後期課程を修了し、それぞれ、修士、博士の学位を取得された皆さん、ご卒業おめでとうございます。ご家族、ご親族、ご友人の方々にも心よりお喜び申し上げます。
ICUは72年前の献学から今日までに、約3万人の卒業生を世に送り出してきました。その一番新しい卒業生として、皆さんは人生の次のステージへと一歩を踏み出します。
皆さんが数年前にICUでの学びや研究を始めたとき以来、皆さんは、世界における社会的なそして政治的な多くの変化を目にしてきました。COVID-19は2020年に感染が始まり、皆さんの多くもそこに参加した2021年9月の入学式は完全にオンラインで行われました。2022年にはロシアのウクライナ侵攻が始まり、それは今も続いています。その一年後の2023年にはハマスの攻撃とそれに対するイスラエルの反撃が起こり、その反撃は行き過ぎたガザ市民の虐殺という形で続いています。
私たちは、破壊と破滅を続ける軍事的諸問題に対する解決が国際的な民主主義体制によってもたらされていない状況を知っています。また、今日では、かつて私たちが信じていたようには、民主主義の概念が自由主義の概念と必ずしも共に働いているわけではないことも知るようになりました。
民主主義、自由、多様性、対話そして人間の権利(人権)。ICUは創立以来これらを大切にしてきました。それらは普遍的なものに見えていました。けれども民主主義の国にあっても、非自由主義へと傾くこともあり、それまでは堅固で普遍的だと見えていたものがそこでは脆弱なものとなったりもしています。私たちは、先立つ知識を使うだけでは思い描けないものに直面しています。私たちは、自分たちが出会っているものについてまったく新しいやり方で考えるように迫られています。新しいやり方で考えようとするうちに、私たちがこれまでに慣れ親しんできて、人生や生活に不可欠だと思っていた基盤が、じつは、その永続的な持続のために、私たちの意志と努力を必要としている、ということが私たちの意識にのぼってきました。
常に変化する現代の世界のなかで、現実はときおり理想(理念)よりも強力であると見えることがあります。それに対して、私は、今日卒業を祝っている皆さん全員が、自由、対話、民主主義の理念を、そして、キリスト教精神に深く根ざした慈愛の心をしっかり保持することを願っています。
ICUでのリベラルアーツ教育を通じて、皆さんは、善いことを為すには忍耐が必要で、価値あるものは早く安易に為されることはない、ということを学んだと思います。リベラルアーツは、皆さんに、単に量的な知識やスキルだけではなく、質的な知識や知恵を身につけてもらう教育です。この観点から、コレージュ・ド・フランスの教授は、ユーモアを交えてこのように言っています。「文化と教育は整髪に似ています。「早かろう、悪かろう」なのです。品質を維持しながら時間を稼ぐ手段はありません。」(アントワーヌ・コンパニョン。塩川徹也訳)
ゆっくりと、時間をかけた、注意深い学修行為において、私たちは、真実は苦いこともあるということも学びます。19世紀のフランスの詩人アロイジウス・ベルトランは、詩のことをこのように表現しています。「詩はアーモンドの木のようだ。その花は甘美で、その実は苦い」。私はこの「詩」を「人生」に置き換えたい誘惑に駆られます。「人生はアーモンドの木のようだ。その花は甘美で、その実は苦い」。
今後、私たちの社会的・自然的条件は、AIとの協働と共に、ますます複雑なものとなっていくでしょう。そうした複雑さと向き合うことにうんざりし、私たちはややもすると、存在にのしかかってくる重荷を軽減しようとして、単純化を求め、素速い解決を手に入れようとするかも知れません。それはすでに今私たちが政治の世界におけるポピュリズム的政策という形で目にしていることです。けれども、そのような状況のなかで、皆さんは、忍耐強いアプローチが大切である複雑な問題に直面するときに、批判的思考を働かせ、対話と省察を通じて善い解決策を見出す試みを行ってくれると確信しています。
その能力を皆さんはICUでの学びを修了することで獲得しています。
リベラルアーツとその思考法について語るときに、私は生物学のメタファーを使うのが好きです。大学での学修や研究は、変容の経験であると私は思っています。私たちの人生は(あるいはまた文化もそうかもしれません)、私たちがそれまで慣れ親しんできた自己のなかへ何か別の物が組み込まれる進化に似ています。地球の生命の歴史においては、古細菌(archaea)はミトコンドリアとなる細胞を取り込んでエネルギー変換機能を獲得したのですし、真核生物(eukaryotes)の細胞内にシアノバクテリアが共生することで葉緑体が生まれました。同様に、私たちは、生きていくうちに、自分の思考や感覚のシステムのなかに、それまでは自分の外にあった要素をとりこんで、それまでとは違った新しい自己を生成してゆくのではないでしょうか。
この種の変容をもたらす組み込みが、ICUで得た経験を通じて皆さんのなかに起こったはずです。この変容のシステムが、リベラルアーツの名のもとに皆さんの心のなかにセットされていることを私は願っています。そして、リベラルアーツ的な思考、行動、振る舞いを、これから皆さんが生活し働く社会のなかに実装していっていただきたいと願っています。
最近わたしは本を出したのですが、卒業式にあたって、そのなかの一節を引用し、皆さんの新たな旅立ちを祝したいと思います。
「人はある年齢に至れば、自分の人生のなかに、独自の風土を持つようになっている。その風土のなかに響いている音やそこにとけこんでいる想いがその人の夢をつくっている。その夢がなかったら、生きるという愚かな狂気にどうして耐えることができるだろう。」
皆さんの夢が、より良い世界と社会を創り出すことを願っています。
善い人生を送ってください!