脳は友達への好き嫌いをどうアップデートさせるのか? —社会性記憶と感情を柔軟に結びつける神経回路の解明—
王 牧芸 助教の関わった研究成果がScience誌(オンライン版)に掲載されました
公開日:2026年07月21日

ポイント
- 本研究では、既知の相手が突然「友」から「敵」へ、あるいは「敵」から再び「友」へと変化したときに、その相手に対する感情価が脳内でどのように更新されるのかを明らかにしました。
- 特定の相手に対する嫌悪的な感情の形成や、その後の親和的な感情への回復には、相手についての記憶を担う「腹側海馬 CA1」の神経細胞と、感情中枢である「扁桃体」との間の神経回路の可塑的変化が関わることが分かりました。
- 本研究により、「特定の相手についての記憶」と「その相手に対する感情価」は、脳内で異なる領域・回路によって制御されることが明らかになりました。
概要
東京大学定量生命科学研究所の奥山輝大教授、王牧芸特任研究員(研究当時、現・国際基督教大学助教)、および東京大学大学院医学系研究科の須藤成俊大学院生からなる研究グループは、特定の相手に対する感情価が更新される脳内メカニズムを明らかにしました。
同研究グループはこれまで、海馬の神経細胞が特定の相手についての記憶、すなわち「社会性記憶」を貯蔵する仕組みについて研究してきました。一方で、その相手に対する「好き」「嫌い」といった感情が、相手との経験に応じてどのように変化し、更新されるのかについては、これまで十分に分かっていませんでした。
本研究では、マウスの行動を光操作することにより、「かつて親しかった相手に突然攻撃される」状況と、「攻撃してきた相手が再び親和的に接してくる」状況を作り出し、特定の他者に対する感情価がどのように変化するのかを調べる新たな行動実験系を確立しました。
さらに、神経活動を詳細に記録することにより、特定個体に対する感情価の更新過程において、腹側海馬 CA1--扁桃体--側坐核からなる神経回路のシナプス結合や神経活動が変化することを明らかにしました。
本研究成果は、日本時間 2026 年 7 月 10 日付の Science 誌(オンライン版)に掲載されました。
国際基督教大学の王牧芸助教からコメント
映画『メン・イン・ブラック(MIB)』では、黒服の男たちが白い光を一瞬当てるだけで、人の記憶を消すことができます。私たちの研究では、「その相手が誰であるかを覚えていること」と「その相手に対してどのような感情を持つか」は、脳内で異なる領域によって処理されていることが分かりました。海馬に関連する神経細胞に光を当てると、マウスは特定の個体を識別する記憶を失います。一方で、扁桃体に光を当てた場合、マウスはその個体を覚えたままですが、その個体に結びついていた情動反応が変化します。
この発見は、記憶そのものの理解にとどまらず、社交不安などの精神疾患の理解にもつながり、将来的な治療薬開発に新たな方向性を示す可能性があります。
詳細はプレスリリースをご覧ください。
論文情報
掲載誌:Science
題目:Neural circuits for valence updating in social memory
著者名:Narutoshi Suto†, Mu-Yun Wang†, Shota Morikawa, Myung Chung, Kentaro Tao,
Ziyan Huang, Yuji Ikegaya, Haruki Takeuchi, Shinichiro Kira, Teruhiro Okuyama*
(†共同筆頭著者、*責任著者)
DOI:10.1126/science.adx8231