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2025年度ファカルティ・リトリートを開催

公開日:2025年12月18日

グループディスカッションの様子グループディスカッションの様子

2025年11月12日(水)、2025年度ファカルティ・リトリートが東ヶ崎潔記念ダイアログハウス国際会議室にて開催されました。ICU では例年、FD(ファカルティ・デベロップメント)の一環として、全教育職員が一堂に会して行う研修「ファカルティ・リトリート」を開催しています。今年度は完全対面開催とし、司会はエスキルドセン, ロバート学務副学長(VPAA)が務め、約8割にあたる約130名の教職員が参加しました。

今年度は「AI時代にICUの教育をどのように進めていくか」をテーマに、AIが高等教育にどのような変革をもたらしているか、そしてICUがリベラル・アーツ教育のミッションを維持しながら、その変革にどのように対応すべきかについて、自由でオープンな議論を促すことを目的として開催されました。また、この議論を通じて得られたフィードバックは、将来的なFDガイドラインやAIポリシー策定に活用される予定です。

祈祷の後、岩切学長より開会の挨拶がありました。学長からは、通常の会議ではなく「リトリート」という形で、ICUの教育について自由に考え、議論を交わすための特別な日であることが伝えられました。また、「AIと大学教育」といった一般的なテーマではなく、ICUの教育理念に深く結びついた実践的なアプローチである点にこそ、今回のリトリートの独自性があると強調した上で、このリトリートが有益なアイデアを共有する実りある機会となるよう期待を寄せました。

開会の挨拶に続き、VPAAによる基調講演が行われました。VPAAは、ICU独自の教育ミッションや理念は維持しつつも、AIの発展に伴い、教育手法を変える必要があると強調しました。また、数年後にはAIを日常的に使用してきた、AIを使いこなす学生が入学するため、立ち止まる時間はないと警鐘を鳴らしました。今回のリトリートを、こうした「変化する現実」に対して、大学としてどう向き合っていくかを模索するための重要な機会であると位置付けました。VPAAによる基調講演のあと、今回のテーマに関わるプレゼンテーションが4名の教員より行われました。

石橋 圭介 教授(自然科学デパートメント)「Principles of AI and How to Approach It: An Information Science Perspective/AIの原理と向き合い方: 情報科学の立場から」

石橋教授は、大規模言語モデルが次の単語を予測する仕組みでありながら、数兆規模のパラメーターの増加、コンテキスト長によって、内部で文章を要約したり構造化したりする「ある種の知性や思考」が生まれたと考えるのが自然だと解説しました。そしてこの状況を、人間が教える意義を根本から問い直す「機会」として捉えるべきだと述べ、この機会を有効に使うためには、大学が統一的なポリシーを厳格に作るのではなく、教員と学生がAIの使用について対話を通じて考えていくことが良いアプローチであると提案しました。一方で、AI利用に関するある程度のガイドライン策定は必要であり、このときに効率性/結果/道具的価値が問われるタスクと非効率性/過程/内在的価値が問われるタスクという軸でAIの活用の向き不向きを整理するアプローチ(前者がAI向き)を示唆しました。

マルシャレツ, ダニエル ヤヌシュ 准教授(経済・経営学デパートメン)「Numbermagic and the Genuine Mindlessness」

マルシャレツ准教授は、「人工知能」や「データサイエンス」といったラベルは直感的に魅力的であり、学生たちに、これらの技術が従来の科学的手法に匹敵する質の答えを生み出すと期待させがちであると指摘しました。そして、アルゴリズムが生成した答えを「モデルが言ったから」という理由だけで受け入れる傾向を、その科学的根拠が疑わしいため、「Numbermagic(数の魔術)」と呼ぶ方が適切であると述べました。その代わりに、AIはユーザーが結果を検証できる方法でのみ主に使用されるべきだと主張しました。さらに、過去には情報が「一貫して安価に入手できる」ようになっていたのに対し、現在、生成AIの拡散によって「情報のコスト」が増加しているという、独自の視点を提示しました。これは、ノイズや誤情報から情報を区別することが、ますます困難になっているためであり、このような後退は技術進歩の一般的な見方とは異なると指摘しました。最後に、この状況に対処する鍵は、学生の行動に厳格な規制を設けることではなく、最も安易な代替手段をすぐに選ぼうとする欲求の根底にある「人間性の問題」に対処することだと結論付けました。そして、ICUの価値観に合致するよう、学生が自らの教育を「特権や恩恵」として捉え直すよう促すことが、新たに出現するいかなる技術ともより実りある持続可能な関わりを持つための鍵となる、と訴えました。

ブルックス, ダニエル J. インストラクター( リベラルアーツ英語プログラム)「Policy and Task Responses to AI」

ブルックスインストラクターは、ELAにおけるAI対応を「ポリシー」と「タスクデザイン」の二側面から論じました。「ポリシー」策定の課題は、規制対象ツールの定義と「適切な利用」の定義であると述べ、この「適切な利用」として、ブレインストーミング等の形成的(Formative)段階での利用を許可し、最終論文等の総括的(Summative)段階では制限する使い分けを提案しました。「タスクデザイン」では、AIの利用を必須とする「統合型(Integrated)」と、AI利用を技術的に不可能にする「リングフェンス型(Ring-fencing)」(口頭試問等)を提示し、ELAの教育目的を守るため、これらを組み合わせることを推奨しました。最後に、「ポリシー設計は誠実性(インテグリティ)を守り、タスクデザインは目的(パーパス)を維持する」と強調しました。

那須 敬 教授 (学修・教育センター長)「 Ideas for AI-Resistant Course Redesign/AIに左右されないコース再設計のためのアイデア」

那須教授は、学生の提出する成果物と引き換えに成績や単位を与える「取引型教育(transactional teaching / learning)」は、生成AI技術と親和性があるがゆえに、空洞化していると指摘しました。そのうえで、AI時代において学修をそれ自体において価値のあるものにするために、4つの対応策を提案しました。具体的には、1)最終成果物でなく学修のプロセスに注目すること、2)学生が学修を自分のものとするオーナーシップを醸成すること、3)課題や評価が学修プロセスの終点ではなく始点となるように、評価のあり方を反転させること、そして、4)教員が学修の過程を丁寧にモニターするための少人数クラスを実現すること、の必要性を強調しました。

写真右:マルシャレツ先生によるプレゼンテーション 写真左:プレゼンテーションに耳を傾ける参加者

その後行われたグループディスカッションでは、12のグループに分かれ、以下の3つのトピックについて、自由で活発な意見交換が行われました。
Topic 1:ICUの教育ミッションを維持するためのAIへの適切な対応を検討する
Topic 2:授業とシラバスへの適応を考える
Topic 3:AI使用における倫理的課題への対応

グループディスカッションの後の総括のセッションでは、プレゼンターによる追加の考察の共有と、ファカルティ・リトリート企画委員会のメンバーによるグループディスカッションの議論内容の共有および全体への総括が行われました。最後の生駒教養学部長による閉会の挨拶では、ICUの教育ミッションを維持するためには教員と学生の信頼関係の醸成が不可欠であると述べた上で、ICU、そしてそれぞれの授業の教育目標(エデュケーショナルゴールズ)を改めて振り返り、授業運営や課題、評価について、新しいアプローチを模索する必要性を強く求めました。

今回のファカルティ・リトリートでは、AIがもたらす変革にICUのリベラル・アーツ教育がどのように対応すべきかを考えることで、ICUの教育目標 を改めて認識し、その達成のためにできることを参加者ひとりひとりが模索するための対話が繰り広げられました。ICUは継続して、リベラル・アーツ教育へのコミットメントという基本的な前提を維持しつつ、今回のリトリートで議論された、課題の再設計や学修プロセス重視の必要性等を踏まえ、対話を通じて、AIによってもたらされる教育環境の変革に対応していきます。

参加した教職員からのコメント

・AIの普及により、授業のやり方を変えていく必要性を実感すると同時に、ICUの教育の基本理念に立ち返ることの重要性も認識しました。学生との信頼関係をつくること、言葉で説明すること、白黒をつけすぎないことの大切さはこれからも変わらないこと、が理解できました。私もこれから柔軟に対応しながら、より良い教育ができるよう努力したいです。
・理念的にも実践的にも極めて重要なテーマについて、ICUの教育の文脈の中で議論できたことが大変有意義でした。
・根本的に大学教育や語学教育、リベラルアーツ教育に求められているものは何なのか原点を見直すきっかけになりました。