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2026年夏季卒業式を挙行

公開日:2026年7月15日

7月14日(火)、大学礼拝堂において2026年夏季卒業式を挙行し、学部生111人、大学院生42人あわせて153人が本学を卒業しました。

式典は、個を尊重する本学の特徴をあらわす献学時からの伝統に則り、卒業生・修了生一人一人の名前が紹介されたほか、聖書朗読、岩切学長式辞、グリークラブの合唱などが行われました。また、2026年4月1日付で名誉教授となった、笹尾敏明先生に名誉教授の称号が贈呈されました。

卒業生たちは友人や家族と語り合いながら、思い出あふれるキャンパスの時間を楽しんでいました。

 

聖書朗読

コリント人への第一の手紙 第13章 1-3節(宗務委員 城座 沙蘭)

 

岩切正一郎学長 式辞(全文)

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教養学部アーツ・サイエンス学科を修了し、学士の学位を取得された皆さん、また、大学院アーツ・サイエンス研究科博士前期課程、後期課程を修了し、それぞれ、修士、博士の学位を取得された皆さん、ご卒業おめでとうございます。ご家族、ご親族、ご友人の方々にも心よりお喜び申し上げます。

みなさんがICUに入学して、この数年の間、学んだり研究したりしているうちに、とりわけAIの飛躍的な発展によって、学習環境は大きく変化しました。

わたしが生まれて初めてChatGPTに質問してみたのは、2023年でした。今は、何かを質問するとすぐに答えが返ってきますが、その頃は、日本語で質問すると、小さな黒い四角形が画面の上で点滅して、その後、その四角形は横へ移動しながら、字を並べていきました。ときどき、停止して、何かを考えている風情のひとときがあったりしました。ずいぶん牧歌的な感じがします。
わたしは、「あなたは誰ですか?」と質問してみました。すると、自分はChatGPTと呼ばれる大型の言語モデルで、GPT-3.5アーキテクチャーに基づいている、という答えが返ってきました。
今、ネットで調べてみると、このGPT-3.5アーキテクチャーはGPT-3からの進化形で、それまでの、たんに確率的に文章の続きを予測するフェーズから、ユーザーの意図を汲み取り、役に立つアシスタントへと進化を遂げた段階にいたのだそうです。
わたしはそのChatGPTに、「あなたが今までで一番嬉しかったことを教えてください」と質問しました。するとChatGPTはこう答えました。「私はAIであるため、感情を持つことはありません。感情や個人的な経験をもつことはできませんので、嬉しい経験をすることもありません。私はあくまで情報やサポートを提供するためのツールです。どのような他の質問にお答えできますか?」
そう答えるようにあらかじめ調整されていたのだとは思いますが、「一番嬉しかったこと」を捏造して人生の物語をこしらえたりはせずに、「自分は感情は持っていない」と告白するのです。ずいぶん正直に答えるものだなと、親近感を感じてしまいました。

この個人的な逸話によって、わたしは、とても当たり前なことを知りました。AIとわたしの間には、一見対話に似た言葉のやり取りが交わされているし、AIは「私」という一人称で語ることもできるけれども、それは人格を持ってはいないということ、したがって、それが発する言葉に対して、責任をとる主体にはなれない、ということです。

人工知能はすさまじい勢いで進化を続けていて、やがて、人工知能が人間の知能を越え、人間の理解や予測を超えた技術的な変革が起こる状態、いわゆるシンギュラリティーの瞬間が到来すると予測する専門家もいます。
このような技術的な変化が起こっているなかで卒業式を迎えたみなさんに、世間は、というか、産業界の人々や教育行政を司っている人々は、よく、「予測不可能な未来に対応できる能力を身につける」ようにと要請します。

リベラルアーツは、あらかじめ解答の用意されていない問題に対応できる柔軟な思考を自分のなかで行う力を育む教育なので、みなさんは、これからの社会が求める対応力に関しては心配ないと思います。けれども、その能力を身につけることだけがICUの教育だったとは、みなさん自身思っていないだろう、と私は思います。
ICUは、学部も大学院も、Arts and Sciencesという名前のもとに置かれています。Scienceは、もともとの意味からして、新しいことを知るところに意義があるのですから、人文科学であれ、社会科学であれ、自然科学であれ、その根本のところには、現時点で人間の理解や予測を超えたもの、あるいはまだ知られていないことを、理性の力によって人間の理解できる事柄へ変換する、という働きがあります。
ただ、そのサイエンスが、理性の力だけで推論し、論理を組み立てることによってのみ成り立っているとしたら、人間のインテリジェンスに支えられている活動は、いつの日か、人工のインテリジェンスが行う活動へ置き換えられてしまうかも知れません。物理的なレベルでは人間のテクノロジーは常にそうでした。人力ではできないことを、機械がやってくれます。それが、物理的な領域だけではなく、知的な領域でも起こる可能性のある時代にわたしたちは生きています。

今日、卒業するみなさんに、わたしがメッセージとしてお伝えしたいのは、インテリジェンスもまた、人工のものになり得るかも知れないけれども、人間にはintellectという能力があって、それは決して人工のものにはなり得ないだろう、ということです。それは知恵(sapientia, wisdom)と関係している能力で、技術的な、あるいは理性的な面で「人間の理解や予測を超えたもの」に関係しているというよりは、人間の存在のあり方として、わたしたち人間の理解を超えたものへとひらかれている、その超越性を認知する能力です。ICUは、キリスト教主義の大学として、この超越性を神のうちにみています。わたしたちには予想もできない仕方で人を愛すること、存在のあり方を直観すること、魂の幸福を求めること、といったことがそこには関係しています。

みなさんは、AIを、人間の知能を越えた能力をもつ道具として使う知的な態度を身につけ、学術的な知識も身につけました。同時にみなさんは、AIにはこれからも決して持てないもの、感情や感覚を通じて認識する、とても個人的でありながら他者と共有できる世界の経験を、ICUでの日々を通じて深めました。私たちは、誰もが、一人の人格を持つ存在として生きています。
その経験のなかで、みなさんは、自分自身が自由になっていくのを感じたのではないでしょうか。リベラルアーツの最も大切な働きは、人を自由にすることです。その自由は、人間や自然の多様性を知ることによってもたらされます。その自由は、今日の自分は昨日の自分よりもより深く世界を理解していて、明日はさらに深く理解するだろうという期待のうちにもたらされます。そしてまた、対話を通じて他者の真実を知り自分の狭さから解放されることのうちに自由はもたらされます。その自由は、神が人を愛するように隣人を愛することによってもたらされます。

みなさんがICUで学んだり研究したりしたこの数年のあいだに、世界は、平和的な共存ではなく武力による支配への傾向を強め、社会の中での分断が進行し、自然環境は人間の便利さのために破壊され、ますます危機的な状態へ陥っています。
この世界を、人は、人が生きるにふさわしい世界へと変えていく必要があります。一人ひとりが置かれた生活の場所で、みなさんが、よりよい世界をつくるために活躍してくれることを願っています。 ICUで身につけたサイエンスとアート、ICUでつくった友人関係、平和への意志、神へひらかれた人間の信頼と愛、それを人生の基盤として、よい人生を歩んでください。

ご卒業、おめでとうございます。

 

名誉教授称号書 授与

笹尾敏明教授は、1997年に着任し、2021年まで専任教員として、また2024年まで特任教授として、本学において長年にわたり教育・研究に従事されました。在任中は、ファカルティ・ディベロップメント主任、平和研究所長、アメリカ研究・平和研究プログラム・コーディネーター、教育学・言語教育デパートメント長等の役職を歴任し、本学の教育研究活動の発展に尽力されました。