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なぜ、ICUは誕生したのか?

日本と北米のキリスト教関係者は、20世紀初頭から、日本の地にキリスト教大学を設立しようという夢をいだき、その実現を祈り求めてきました。この長い間の祈りは、第二次世界大戦の終結を期に、悲惨な戦争に対する反省と次の世代に対する責任として、新たな使命を帯び、ICU創設委員会が設立されるに至りました。

そして、1949年6月15日、静岡県御殿場のYMCA東山荘で開催された大学組織協議会に集まった日本と北米のキリスト教界の指導者たちによって「国際基督教大学」の創設が決議されました。日本を世界に むかって開かれた国に革新し、人類平和のために貢献する人を育成するという願いと祈りにささえられ、ICUの歴史が始まりました。

東京郊外の武蔵野の広大な土地は、企業や団体、キリスト者、非キリスト者を問わず、多くの国際的な善意によって寄せられた寄附金1億6千万円によって購入されました。

戦後の復興が緒についたばかりの時期にあって、このように多くの募金が寄せられたのは、当時の日本国民が、自由と人権を尊び、人類社会の平和的発展に奉仕する人の育成を強く願う表れと言え、この願いは今もICUに息づいています。

なぜ、ICUは「Christian」を大学名に含むのか?

ICUは、「キリスト教の精神に基づき、国際的社会人としての教養をもって、神と人とに奉仕する有為の人材を養成し、恒久平和の確立に資すること」を目的とした大学であり、この目的は、「国際性」 、「キリスト教精神」、「学問」という三つの使命に具体化され、「国際基督教大学」という名称となって明示されました。

従って、宗教も含めて、人間存在のあらゆる次元の問題を探究し、考究を深めることはICUの使命です。学問を通じて得られる知識は、それ自体が最終目的ではなく、たとえば社会改善の責任というよう に、さらに深い意義をともなうものです。この意味において、知識、信仰、行為は、本質的に一体であるべきです。

高等教育の場であるICUは、キリスト教信徒をつくることを目的とはしていません。しかし学生一人ひとりは、学園生活を通じて個々の人生や社会生活の中における神の存在とその力に目を開くよう呼び かけられています。この呼びかけは、学生が自ら真理を求め、それぞれが見出した真理に身を捧げることを願う、大学から学生への挑戦です。

なぜ、ICUは「International」を大学名に含むのか?

国際的社会人としての教養をもって、神と人とに奉仕する有為の人材を養成し、恒久平和の確立に資すること目的とする。その献学時から変わらぬ理念実現のために、「International」はICUをICUたらしめる核の一つであり続けています。

国際的社会人を育成するため、ICUは献学時、国際主義を世界に向けて宣誓しました。

「異なった国籍、人種、文化などの価値を認めあう共同体を三鷹のキャンパスに形成する。教員を世界各国から招き、学内では日英両語を公用語とし、大学の門戸は人種、国籍、宗教、ジェンダーの差別なく、全世界に開放する。」

こうした献学時の思いは、今も受け継がれ、ICUの教育、教員構成、キャンパス環境に反映されています。

なぜ、リベラルアーツに力をそそぐのか?

リベラルアーツとは、人間性の全体的な発達と人格の成熟を目指す教育で、ICUは日本のリベラルアーツのパイオニアです。それは、文系・理系という分断の概念ではなく、文理の枠をこえて幅広い知識を得た後に専門性を深めることで、豊富な知識に裏打ちされた創造的発想を可能とする教育を意味しています。

断片的なままでは役に立たない知識を互いに関連づけ、統合し、その中で、自らの専門分野を超えて広く知識の交流をなし得る人を養成する。ICUが 教養学部(liberal arts college) の制度をとり、リベラルアーツ教育に力をそそぐ根拠はまさにこの点にあります。自由で、独立した思索力と批判的思考力を身につけ、非理性的な力の支配に抗い、真理と自由のもとに理性的決断を行ない、この決断にともなう責任を引き受けること。学問的精神の支えを受けて、このような責任意識と生涯学び続ける力を体得した人々を世に送り出すこと。それこそがICUの使命であり、"Expanding Potential"はリベラルアーツ教育が実現する人間としての成長・飛躍を意味する言葉です。

なぜ、国際的社会人の育成が献学の使命なのか?

ICUが育成を目指す国際的社会人とは、開かれた価値観と生涯学び続ける主体性をもち、国際的な場や地域においても、世界の国々でも日本でも、さまざまな職域や職種、個人生活においても、信頼される地球市民として、人々と協働しつつ人類の平和と共存に資する人を意味します。

第二次世界大戦への深い反省から、日本を世界にむかって開かれた国に革新し、人類平和のために貢献することのできる人を育成するという願いと祈りから献学されたICUにとって、この国際的社会人の育成を使命することは、必然です。

なぜ、全員が入学時に世界人権宣言の原則に立ち学生生活を送ることを誓うのか?

世界人権宣言が採択されたのは、1948年12月10日の第3回国際連合総会。ICU献学の4年半前です。

初代学長湯浅八郎をはじめとする本学関係者は、この世界人権宣言に感銘を受け、世界にむかって開かれた国に日本を革新し、人類平和のために貢献することのできる、国際的社会人の育成をICUの使命に掲げました。

そして、この使命をICUに入学する全学生と共有するため、1953年第1回入学式から世界人権宣言の原則に立ち学生生活を送ることを記した誓約書に全て新入生が署名を行っています。

献学から60年あまり、どれだけの時が経とうとも、この伝統は色あせることなく、本学と学生の根底に息づいています。

なぜ、日英バイリンガル教育を基本とするのか?

ICUが育成を目指す人とは、単に、日本語と英語を流ちょうに話す人ではありません。開かれた価値観と生涯学び続ける主体性をもち、国際的な場や地域、世界の国々や日本、さまざまな職域や職種、個人生活においても、信頼される地球市民として、人々と協働しつつ人類の平和と共存に資する人です。

このような人には、日英両語で世界の人々と対話できる言語運用能力が最低限必要になるほか、問題を発見し解決していく能力、文理を問わず多様な知識を統合し、実践の場で活用する能力、効果的な文章記述力とコミュニケーション力に基づく説明能力などが求められます。

そのため、人文科学、社会科学、自然科学、どの分野のメジャーを専修する学生も、授業でグループワーク、ディスカッション、プレゼンテーションを繰り返し、日英両語で筋道を立てて「書く力」と「話す力」を養い、自分の考えを世界の人に伝える力や、さまざまな情報を統合し、解決策を導く力を身に付けていくのです。

また近年、国際社会で必要とされるのは、日英2言語に加えてもう1言語の習得です。英語、日本語以外の言語を学ぶことで、未知の文化や考え方を知り、自らの批判的思考力をより高め、より広い視野で物事を見て、考えることができるようになります。ICUでは、ドイツ語、フランス語、ロシア語、スペイン語、中国語、韓国語、アラビア語、イタリア語、インドネシア語の9言語の授業を開講し、「日英2言語、プラス1言語」を習得した人の育成を進めています。

なぜ、ICUに入学すると世界で通用する英語力が身に付くのか?

ICUが育成を目指す、国際社会の平和に貢献する人には、自分が育った社会の常識に捉われず、未知の価値や思想に接した時であっても、共通の言葉を探し、理解を深め合い、信頼関係を構築する力が必要だと考えます。
こうした異文化コミュニケーションで必要となるのは、日英両語の言語運用能力であり、その力の育成のために、ICUでは献学以来、日英二言語によるバイリンガル教育を徹底しています。

そして、日英両語の言語運用能力の育成に欠かせない教育の一つがリベラルアーツ英語プログラム(ELA:English for Liberal Arts Program)。英語力の向上だけでなく、ICUの学びに必要な英語運用能力(academic English skills)と批判的分析能力(critical thinking skills)を養成するリベラルアーツへの重要な導入教育です。

ELAは、約20名の少人数のクラスで、個々の学生の英語力やニーズに合わせたきめ細かで、丁寧な指導を行っています。授業では、「異文化間コミュニケーション」や「生命倫理」などのトピックに関連した英語文献を読み、英語で議論し、英語で小論文を書くといった学術活動に取り組むなかで、独創的、批判的、主体的に考える力を身に付けていきます。さらに、すべて英語で行われる授業に参加することで、大学で必要となる実践的な英語力を磨きます。

なぜ、ICUで学んだ留学生や多様な言語背景を持った学生は日本語が飛躍的に上達するのか?

日本語と英語のバイリンガルで学び、研究すること。それは、ICU で学び学位を取得する4年本科生のほか、交換留学生、大学院生など、世界の約50におよぶ国・地域から集う、多様な背景を持つ全ての学生に課される課題です。

それを実現するための一つのプログラムが日本語教育プログラム(Japanese Language Programs: JLP)です。

学生はプレースメントテストの結果に基づき、<外国語としての日本語>プログラムと<第1 言語/継承語としての日本語>プログラムのいずれかのコース、そして習熟度別のクラスに振り分けられます。
授業は、20人以下の少人数で行われ、教員と1対1のチュートリアルの時間もあります。チュートリアルでは、課題のフィードバックや授業でわからなかった点の質問を受けるなど、学生一人一人に合った適切な教育を実施し、プログラム修了時までに大学内外において必要な日本語力を養うことを目指しています。

なぜ、23カ国72もの大学と交換留学協定を結んでいるのか?

ICUは国家の枠にとらわれない立場を目指すことを献学の根本理念とする大学です。
50年前からアメリカ・カリフォルニア大学との交換留学制度が続いているなど、その歴史は深く、世界各国の高等教育の場で学ぶ機会を学生に与えたいとの思いのもと、今では世界23の国と地域72の大学(2018年1月現在)と協定を結び、ICU独自の留学制度を築いてきました。1学年620名に対し約4人に1人の交換留学枠が設けられていて、留学のチャンスは豊富です。

ICUでの授業、世界各国からの教員と学生との対話、寮生活などを経験することによって、学生は違和感なく短期間で海外留学生活に溶け込めます。

また、現地の学生と同じ授業を学び、取得した単位を、帰国後ICUの単位に組み入れることで、通算4年間で卒業が可能です。
(*)ICUでの4年間は、海外で学びを深めることを想定した設計になっています。

交換留学の他にも、夏休みを利用した留学プログラムが多数あります。集中的に英語学習に取り組む海外英語研修、興味ある分野を学ぶ夏期留学プログラム、海外のNGOや公的機関でサービス活動(奉仕/ボランティア活動)をしながら学ぶ国際サービス・ラーニング。
こうしたさまざまな留学プログラムを卒業時までに経験する学生は、60%を超えています。
(*)帰国後にICUの審査を受ける必要があります。

なぜ、国際公務員を多数輩出しているのか?

献学から60年余り、輩出した同窓生数は約28,000名。少人数教育を貫いてきた大学ですから、同窓生の数も決して多くはありませんが、「世界のどこに行っても同窓生に出会う。特に国連や国際NGOでは多くの同窓生と仕事をすることになる」と言われています。

その理由の一つは、ICUが「基督教の精神に基づき、自由にして敬虔なる学風を樹立し、国際的社会人としての教養をもって、神と人とに奉仕する有為の人材を養成し、恒久平和の確立に資すること」を目的としていること、これが国連憲章に記された国連創設の目的と共通していることかもしれません。

なぜ、4月と9月に入学式、3月と6月に卒業式があるのか?

ICUは、世界に門戸を開く大学です。人種、宗教、国籍を問わず、また日本人学生、外国人学生、帰国生などと区別することなく、全ての学生を平等に受け入れるため、1955年以降、日本の教育制度で学んだ人を4月に、外国の教育制度で学んだ人を9月に受け入れ、それぞれ3月と6月に卒業式を行ってきました。

しかし、多様化の進む今日においては、4月に入学する日本の教育制度を経て入学する学生の中にも日本語の履修が必要な学生、9月に外国の教育制度を経て入学する学生でも英語の履修が必要な学生が増えてきました。そこでICUは、学生が自分の言語環境や教育背景に合わせて4月と9月のどちらでも入学できるような入学者選抜制度を実施しています。

どちらの時期に入学しても同じ授業を履修できるように、ICUの1年間は、4~8月、9~11月、12~3月の3学期に分けられ、各学期がそれぞれ独立し、各学期内で一つの科目が完結するようになっています。

なぜ、リベラルアーツ大学として世界に認められているのか?

リベラルアーツ教育を掲げている大学は、日本にいくつか存在し、それぞれの考え方に基づいた教育を実践しています。

そのなかでICUは、世界15カ国29のリベラルアーツ大学が加盟するグローバルリベラルアーツ・アライアンスに日本で唯一加盟しています。その理由は、人文科学、社会科学、自然科学分野を有し、少人数の教育環境、英語による授業開講、高い外国籍教員比率など、真のリベラルアーツ教育の実践に不可欠な教育環境を有しているためです。

今後、このアライアンスなどを通して世界各国の大学との連携を強め、グローバルリベラルアーツをさらに発展させていきます。

なぜ、献学以来、少人数教育を維持しているのか?

現在の専任教員一人あたりの学生数は、18人(2017年5月1日現在)。

献学時から少人数教育を貫いている理由は、リベラルアーツ実現のための必須条件が、少人数教育だと考えるからです。ICUでは学びの中心となるのは「対話」です。教員と学生、学生同士が、絶え間なく対話を続けることで学問のテーマは具体性を帯びて広がり、学生は学びを深め、専門性を高めることができます。

少人数教育により生み出される「対話」は授業中だけではありません。授業終了時に授業で聞くことができなかった質問や授業への意見を書き込める「コメントシート」や、授業時間以外に教員の研究室を訪ねて質問できる「オフィスアワー」。こうしたさまざまな「対話」が高い学修効果を生み出し、社会で活躍するとき必要不可欠なプレゼンテーション能力がこの仕組みの中で、自然に身に付いていきます。

なぜ、2年次終了まで専門を決めないのか?

ICUでは学生が本当に学びたい事を見つけられるように、幅広い分野の科目で学問的基礎力を養いながら、 興味のある分野を絞り込み、2年次の終わりにメジャー(専修分野)を決めます。また、1年3学期制なので、2年次終わりまでに合計6回の履修の組変え(授業選択)が可能なことが、学びたい学問へ出会う機会を創出します。

この教育システムは、「専門をじっくり見極め、幅広く学ぶために時間を割く」という考え方に基づくもので、海外では珍しいことではありません。また、この時期に知の基盤となるものごとの考え方、アプローチの仕方が養われます。 このような能力は生涯にわたり汎用性があり、時代やトピックが変化しても学びを深めていく思考力として役立ちます。

何を専攻したらよいのか迷って入学する学生も、興味ある分野を具体的に履修するなかで、本当にやりたいことに気づくことができます。関心ある様々な分野を学ぶなかで、新たに「面白い」と思える学問に出会うこともあります。入学後に自分の興味と適性を見極めながら学問を深めていける。それがICUの学び、メジャー制度なのです。

なぜ、31もの専修分野(メジャー)を提供しているのか?

Expanding Potential -可能性の翼を広げよう-

この言葉に込められているように、ICUでは学生が本当に学びたい事を見つけられるように、幅広い学問分野を用意しています。

文学、物理学、心理学などの伝統的な学問分野や、「平和研究」「アメリカ研究」などの問題解決型、地域研究型の分野があり、その数は31にもおよびます。どの分野も、他大学の学部に相当する科目群を配し、専門を系統的に学ぶことができます。

<31のメジャー>
美術・文化財研究、音楽、文学、哲学・宗教学、経済学、経営学、歴史学、法学、公共政策、政治学、国際関係学、社会学、人類学、メディア・コミュニケーション・文化、生物学、物理学、化学、数学、情報科学、言語教育、教育学、言語学、心理学、アメリカ研究、アジア研究、開発研究、環境研究、ジェンダー・セクシュアリティ研究、グローバル研究、日本研究、平和研究。

ICUの学生の中では、入学前に学びたいと思っていた分野と最終的に学ぶ分野が変わることはよくあることです。高校までは、自分を文系だと思っていた学生が理系のメジャーに興味を持ち、そのメジャーで研究を進めることもあります。

メジャーの決定に際しては、教員アドヴァイザー、アカデミックプランニング・センター、などに相談をしながら、積極的に自分の可能性を広げてみてください。

なぜ、キャンパス内に全学生数の30%にあたる約900人が住んでいるのか?

全学生寮の定員は全学生数の30%にあたる約900人。これは一人でも多くの学生に学生寮での生活を経験してもらいたいという大学の思いの表れです。

ICUにおいて学生寮は「リベラルアーツを学び、実践する教育の場」として位置づけられています。学生たちは共同生活における「対話」を通じて、人権や多様性の尊重、責任の共有、分担を学びます。 外国籍学生と日本人学生がともに暮らす環境の中で、時に議論し、互いの違いを認め合い、協力して解決を試みる経験は、人間として、そして国際人としての成長に大きく寄与するものとなります。学生寮での国内外からの学生との出会いや4年間に及ぶ共同生活は、卒業後も交流の続く一生涯の仲間や、卒業後の可能性を大きく広げる基礎となっています。

なぜ、広大なキャンパスが必要なのか?

それもまた、ICUがリベラルアーツ教育を実践してきたことと深く関連しています。リベラルアーツ教育の目標は、人間性の全体的な発達と人格の成熟です。そこでは、4年間を過ごす環境がとても重要な意味を持ちます。

ICUには、教室棟や図書館だけでなく体育館や食堂があり、劇場や博物館があり、礼拝堂があります。学生寮は全てキャンパス内にあり、教員住宅もあります。ゆったりとした環境の中で国籍や立場を越えた自由な議論や対話を日常としていくこと、多様な価値観をもつ仲間と触れ合い刺激し合うこと、教員と学生が同じ場で生活を共にしながら学びを深めること。学生が、信頼に基づく人間関係を誠実に保つことの尊さを学び、人格的に成長するのは、こうした大学生活の環境においてであり、それには自然豊かで広大なキャンパスが不可欠です。

なぜ、ICUは多様性を大切に考えているのか?

ICU が育成を目指す国際的社会人とは、開かれた価値観をもち、世界の国々でも日本でも、人々と協働しつつ、人類の平和と共存に資する人です。こうした人を育成するには、異なった国籍、人種、文化等の価値観を認めあい、普遍的、人類的立場で協調し、融和を実践するキャンパスが欠かせません。

ICUがさまざまな入学者選抜制度を設け、世界各国から学生を受け入れていること、教員の採用は国際公募として世界各国からの教員を募っていること、学生に「世界人権宣言」の原則に立ち学生生活を送ることを求めていること、人権侵害防止対策基本方針を定め、誰もが安心して過ごせるキャンパスの確保に務めていることなど。こうした全てが国際的社会人を育成するためであり、多様性を大切に考える理由です。

なぜ、キャンパスに礼拝堂があるのか?

ICU教会は1954年に創設され、党派を超え、学外の人々をも迎え入れるコミュニティ・チャーチとしてICUの中心に位置してきました。キャンパスには二つの礼拝堂があります。一つは大学礼拝堂、もう一つは、青年教育と宣教活動に従事したアメリカ人キリスト者、ルース・シーベリー女史を記念した「シーベリー記念礼拝堂」です。

「真の国際的社会人の育成」――その献学以来の使命を実現するには、人間としての成長が欠かせないと、ICUは考えています。そしてさらにそこで、信仰が果たす役割も大きいと考えています。ICUに礼拝堂があるのは、キリスト教的人間観に支えられた学問の追究の表れであり、入学式、卒業式などの式典をはじめ、大学の歩みの中心に常に神への祈りがあるからです。

なぜ、全学生がキリスト教概論を学ぶのか?

一般教育科目「キリスト教概論」は、ICU唯一の全学生必修科目で、学生は「キリ概」などと略して呼んでいます。全学生が履修するため、日本語と英語で開講されます。ICUのキリスト教概論は、キリスト教の基本的な内容を理解しながら、その思想的意義や課題を考察し、他の宗教や文化との関連において捉えることを目的としています。いわば献学の理念を体現した科目と言えるでしょう。

シラバスから、学修目標を紹介しましょう。
「キリスト教とは私にとって何か。否定的・肯定的を問わず、この問題に対して、受講者それぞれが自分の考えを説得的に表現できるようになることがこのコースの目標である。これはキリスト教からの思想的挑戦に、現代に生きる私たちがどう応答するのかということでもある。この授業では信仰の有無や、キリスト教に関する知識をどれだけ習得したかではなく、柔軟な思考と問題解決のために知識を活用する能力を評価する。」

なぜ、奨学金制度が充実しているのか?

ICUは、戦後の復興が緒についたばかりの時期に、自由と人権を尊び、人類社会の平和的発展に奉仕する人の育成を強く願う人々からの寄付により、献学された大学です。

この願いは今も受け継がれ、ICUの学びをより多くの人に経験して欲しいという同窓生たちの想いから寄付を募って維持されている奨学金があります。このほかにも、さまざまな奨学金制度を設け、意欲・能力のある学生を積極的に支援するとともに、経済的理由により学業が妨げられることのないようにしています。

また、アメリカのニューヨーク市に本部を置き、ICUにおける真のリベラルアーツ教育を実現するべく、大学の国際性とキリスト教精神を育む活動をサポートしている団体、日本国際基督教大学財団(JICUF: Japan ICU Foundation)も、学生のための奨学金を設けるなど、制度充実の一躍を担っています。

なぜ、人権侵害防止対策基本方針がうたわれているのか?

ICUは世界人権宣言を重んじる大学として、ジェンダー、人種、国籍、出自、宗教、年齢、性的指向、性自認、性表現、障がいなどに基づく差別や、地位・立場を利用したあらゆるハラスメントによる人権侵害のない教育・研究・就労環境を整え、構成員が安心して過ごせるキャンパスを確保する責任があると考えています。

そのため、1998年に「人権侵害防止対策基本方針」を策定し、人権委員会や人権相談員制度を設け、人権に関わる啓蒙活動や相談活動を実施するとともに、ICUの構成員には献学の精神である国際性やキリスト教精神を十分理解し、快適なキャンパスをともに作っていくことを求めています。

なぜ、ICU環境宣言がうたわれているのか?

すべての生命あるものへの慈しみと配慮は、キリスト教精神の根本です。キリスト教精神に基づくリベラルアーツ大学として、信頼される地球市民の育成を目標とするICUは、その責任を遂行するために、2006年に「ICU環境宣言」を策定しました。

学内においては、定められた基本方針に則り、そのすべての活動においてキャンパス環境に対する敬意と配慮、キャンパス生態系維持への努力など、十全な管理に取り組んでいます。さらに、すべての構成員には、自らの営みが地域的および地球的環境に影響を及ぼすものであることを深く自覚し、その保全に責を負うことを求め、比類なく美しい自然と、貴重な文化遺産を擁するこの環境を天恵の財として、次の世代に受け継げるよう努めています。

なぜ、障がい学生に関する基本方針がうたわれているのか?

キリスト教精神に基づくリベラルアーツ大学であるICUの特徴の一つは、世界人権宣言の原則に立ち、すべての学生が機会の平等を基礎として、いかなる差別もなく尊厳を持って学ぶことができる大学環境の維持に努めていることです。この取組みを一層推進し、大学の理念を現代社会に具現化するために、2007年に「障がい学生に関する基本方針」を策定しました。

ICUは障がいのある人と障がいのない人が平等に学修、教育、研究及びその他の関連する活動全般に参加できる機会を確保するよう、キャンパス環境の整備を促進しています。具体的には、学修・教育センター副センター長の下、特別学修支援室を置き、学生と教員の間に立って必要な配慮の依頼や調整、教科書・資料などの点訳依頼、授業のノートテイク支援などを行います。

支援が必要な学生は、所定の手続きを行った上で、こうした学修面でのサポートを受けることができます。サポートは支援室スタッフの他、必要に応じて受講クラス担当教員、学生サポーター、学内の関係各部署が協力して行います。

なぜ、授業は講義型ではなくディスカッション・対話型が多いのか?

授業は教員が一方的に話す講義形式ではなく、ディスカッション・対話が中心です。その理由は、常に思考することが求められる教育こそ、深い学びと高い学習効果を生むからです。

ディスカッションの中では、与えられた課題に対して主観を交えずに客観的、かつ正確に読み解き理解する能力、主張の論理性や情報の妥当性など、常に批判的に分析する能力が養われます。また、自らの主張を批判的に分析するとともに、多様な背景をもった学生の考えを尊重しながら共に学び・意見を交わすことで、開かれた価値観を養い、自発的学修者として生涯学び続ける力を築くことができるはずです。

なぜ、大学礼拝堂で入学式と卒業式を執り行うのか?

ICUでは、入学式、卒業式を大学礼拝堂で執り行います。これは、真の学びを始める誓いの場である入学式、得た学びを糧に世界の良き未来に貢献していく出発となる卒業式、それぞれの土台に、自己を超えた大いなる存在として神への祈りがあるからです。

入学式では世界人権宣言の原則に立ち大学生活を送る旨を記した誓約書に署名し、卒業式では、一人ずつ学位記を授与され、学長と固い握手を交わします。ICU生活の入り口と出口となるこれらの式典は、血の通った人間の営みとして大学を位置づけ、神の前に静まってささげられる厳かな祈りの場でもあるのです。

なぜ、チャペルアワーは自由参加なのか?

ICUでは、週に一度のチャペルアワーと呼ばれる礼拝の時間が設けられています。昼休み中のその時間は、授業はもちろん、大学による他の催しは原則として一切行われません。これは、創立以来すべての礼拝を自由参加として学生に呼びかけてきた、大学の姿勢の表れです。

学生がICUで「キリスト教精神に出会う」ということは、キリスト教が歴史において人類に投げかけてきたチャレンジ、そして今も現代社会に問いかけている人間の根本的、普遍的な問いとの対決・対話を意味します。それは、一人ひとりの良心の自由と責任においてのみ可能となる事柄です。

礼拝が自由参加であることには、一人ひとりの自主的応答においてのみ可能となる真実の出会いが期待されています。学生の皆さんには、与えられた自由を積極的に活かし、「神と人とに奉仕する」人生の夢を探求してほしいと願っています。

なぜ、大学礼拝堂ではオルガンコサートが積極的に開催されているのか?

1970年にリーガー社(オーストリア)製作のパイプオルガンが礼拝堂に設置されてから、公開演奏会を絶えることなく開催し、2017年11月には314回目を迎えました。これは、大学主催のオルガン演奏会としては、日本で最も多く、ICUで演奏した若手オルガン演奏者が世界に羽ばたいていく登竜門としての役割も果たしています。

演奏会を主催している宗教音楽センターは、オルガン演奏会以外に、公開講演会や様々なイベントを企画。ICUの学生は、同センターでオルガンの個人レッスンを受講することができます。

なぜ、ICU教会はクリスチャンでない卒業生の結婚式も行うのか?

たくさんの卒業生がICU教会で結婚式を挙げてきました。人生の大切な節目である結婚式において、神の祝福を祈り、その厳かな約束の意味について共に学んでいきたいとICU教会が願ってきたからです。

ここでの結婚式をきっかけに、学生の皆さんがICU卒業後もキリスト教精神に出会い、理解を深めていくことになれば、これほど大きな喜びはありません。

なぜ、教員の3人に1人が外国籍教員なのか?

国際的社会人の育成には、開かれた価値観を養うためにさまざまな国籍や文化的背景をもつ人々がともに学び、対話する環境が不可欠です。さらに、世界各国からの教員が集ってこそ、世界に通用する教育が実現します。

そのため、ICUでは教員構成にも国籍的文化的多様性を求め、献学以来、専任教員の採用は国際公募を基本とし、現在、専任教員のうち3人に1人は外国籍。この外国籍教員比率は、世界的に見ても高い水準となっています。

一方、日本人教員も海外での教育・研究経験を持つ教員が多く、その割合は日本人教員の約90%。海外大学の博士号修得している教員比率は約60%です。

ブルガリア出身の教員がひもとく『源氏物語』や、日本史を教えるハンガリー出身の教員、アメリカ文学を英語で教える日本人教員など、教員と学問の「国籍」が交差する環境は、未知の価値観や思想との出会いの場となります。

なぜ、英語で卒業論文を書くことが推奨されるのか?

ICUの学生は全員、卒業論文を執筆します。それは、4年間の学びの集大成であると同時に、日・英バイリンガル教育の最終仕上げであり、それまでに得た知識と養われた思考力を試す場です。

卒業論文を英語で書くことは、それまでに得た知識と養われた思考力を試すとともに、国際社会で発信力のある人材に必要となる、「日本語でも英語でも筋道を立てて書く力と話す力」を身に付けているのか確認となります。

2016年度の英文による卒業論文の執筆率は35.1%。その割合を2023年には45%に引き上げます。このため、リベラルアーツ英語プログラムにおいて自然科学論文作成のための科目新設や、英語開講科目の充実、英語で執筆された卒業論文のプルーフリード支援を開始するなど、さまざまな取組みを進めています。

なぜ、英語だけで卒業できるコースがないのか?

日本人が留学を通して異なる世界に触れるように、ICUのキャンパスは海外から来た学生が「日本」と出会い、自分の考えや価値観を問い直す場となります。だからICUは、英語だけで卒業できるコースを設定せず、日本語と英語によるバイリンガル教育を徹底しています。

なぜ、全学生の60%以上が留学するのか?

ICUは、真の国際的社会人の育成を目指す大学です。そして、世界各国の高等教育機関で学ぶ機会を学生に提供することは、真の国際的社会人育成には欠かせないと信じ、献学当初から学生に留学への参加を推奨してきました。

現在では、夏休みを利用した海外英語研修プログラムや夏期留学プログラム、海外大学で1年間学ぶ交換留学、学びを海外で活かす国際サービス・ラーニングなど、期間や目的にあわせて、選べるさまざまな留学プログラムを用意しています。

こうしたプログラムを利用し、毎年全学生の約15%にあたる450名を超える学生が海外で学び、単位を修得しています。その結果、全学生の60%以上の学生が卒業時までに海外留学を経験しています。

なぜ、ICUの交換留学制度で留学しても4年間で卒業できるのか?

ICUの交換留学は、「語学を学ぶ」ではなく、現地の大学生と同じ授業を履修し、「リベラルアーツの学びをさらに深める」留学です。

そのため、留学先で修得した単位は審査を経て最大40単位まで卒業要件の単位として編入が認められているため、4年間で卒業することが可能です。

現在、世界トップレベルの教育を実践する世界23の国と地域72の大学(2018年1月現在)と協定を結んでいます。自分のメジャーとする分野の科目を学び、専門性を深めるとともに、ICUでは開講されていない授業を履修することもできるのが、交換留学の醍醐味です。1学年620名に対し約4人に1人の交換留学枠が設けられていて、毎年多くの学生が留学に旅立っています。

なぜ今、リベラルアーツは注目されているのか?

近年、未来をリードする人たちの中に、リベラルアーツの重要性を語る人が増えています。それは、環境問題や民族問題などの地球規模の諸問題が深刻化している現代、問題解決には専門分野を超えた柔軟で自由な発想に基づく対応を必要としているから。はたまた、人種、国籍、思想、文化などを越えて持続可能な社会へ導く責任ある地球市民が必要とされているから。あるいは、遺伝子工学など先端分野の進歩の結果、生き物そのものをデザインする時代に入るなど、アートとサイエンスをまたいだ学問のあり方が問われているから。さらには、人や物ばかりでなく、知識・情報も世界を瞬時で飛び交う現代、大学における教育と研究の内容をラディカルに再検討し、それにふさわしいカリキュラム等の再編成行うことが必要とされているから。

伝統的および現代的な学問諸分野を配置して、教養と専門の統合を試みるリベラルアーツ。「いかに生きるか」という教養を獲得し世界観と人間観を構築するリベラルアーツ。その重要性がより議論される時代が到来しているのです。

なぜ、ICU生は学ぶ事が好きなのか?

ICUでの学びは楽しいからです。よく生きるために、よく考える。学んだ事を社会で実践する。これまで経験したことのない、新しい世界が拡がるからです。

ICU図書館の学生一人当たりの平均年間貸し出し数50.6冊は、全国トップで平均の6倍。その数字が、日本の他大学の常識とまったく異なるICU生の学び好きを証明しています。

他大学では通年や半期で週1回90分の授業ですが、ICUは3学期制で授業は週3回70分が基本。だから学期ごとに集中した学びができます。教室では、学年も専門も異なる多様な学生が文系理系横断で議論を交わします。思いもよらない考えや価値観との出会いが起こり、自分の考えが揺さぶられます。

その結果、2年次を終了し、メジャー(専修分野)を決定する頃には、多くの学生がもっとさまざまなことを知りたいと、好奇心にあふれ学ぶことがさらに好きになっています。

なぜ、ICU生は議論好きなのか?

多様性とクリティカル・シンキング。ICU生の議論好きの裏側には、この2つがあります。

「批判的」といっても、それは他人の考えではなく自分の考えの土台や常識を批判的に見直すこと。だから自分とは異なる環境で育ち、異なる価値観を持つ仲間と先生が大事なのです。

議論は、相手を打ち負かすためではなく、自分の考えを精査して相手の共感を得られるものに練り上げるための手段です。授業でもしばしば、教員の問いに触発されて学生同士が議論を始め、はじめは誰も気づかなかった新しい共通性へと目を開かれることがあります。自分も相手も深められて楽しい。だからICU生は、授業が終わってもなお議論を続けます。芝生で、食堂で、帰りのバスの中で。

なぜ、学内に大教室が少ないのか?

真の国際人育成を目的にリベラルアーツ教育を実践してきたICU。その理想実現のためには少人数教育が不可欠です。他校に比べ大人数が一度に入る大教室の数が限られているのはそのためです。

なぜ、教員は必ず「オフィスアワー」を設けているのか?

ICUは、学生一人一人を「個」として尊重するとともに、「対話」することで思考が求められ、深い学びと高い学習効果を生み出すと考えています。

オフィスアワーも、こうした考えに基づき実践されている施策の一つです。

学生が授業時間以外に教員の研究室を訪ね、自由に質問できる時間として、各教員は原則として1週間に最低2時間のオフィスアワーを設けています。学生は授業で取り上げられたテーマ、学修計画、自身のキャリアなど、自由に教員に相談・質問ができ、学生の中には履修科目を決定する前に、「自分の学びたいことがこの科目で学べるのか」など各教員に質問・確認したりしています。

これも、教員1人に対して学生は18人という少人数教育のICUならではの施策です。

なぜ、ICUでは一般教育科目と呼ばれる、専門科目以外の科目も重視されるのか?

一般的に多くの大学では、基礎教育科目や教養科目と呼ばれる、入学時に選択した専攻の学習に入る前に、専攻にとらわれずに広く学術基礎を学び、専門課程で学ぶための学術基礎を養う科目が設けられています。ICUでも一般教育科目と呼ばれる人文科学、社会科学、自然科学からなる科目群がありますが、2年次の終わりまで専攻を定めないICUでは、この科目の意味は大きく異なります。「専攻を前提とした学術基礎の学習」ではなく「さまざまな学問領域の本質に触れ、自分が本当に学びたい分野を発見したり、複数の視点からその分野を位置づける重要な機会」として位置づけられています。

ICUにおける一般教育科目は、知識偏重を避け、人として成長するため、卒業までの学生生活を通して学び続けるもので、人文科学、社会科学、自然科学の各領域から、今私たちが生きる社会を再考する授業です。

湯浅八郎初代学長は「ICUと一般教育」と題した文章で、次のように述べています。
「ICUが一般教育を重視する理由は、戦前の大学の在り方や世間の大学の期待等に対する反省と批判とにもとづくのである。大学は本質的には教育機関であって、人間形成の場であり、責任をとることのできる実力あり道義ある市民を養成する使命が大学にあると言う大学観は戦後の発見である」。さらに、湯浅学長は、大学卒業生のあるべき姿について、こう続けています。「専門的知識と技術とを習得するだけでなく、人格として、一個の人間として、良識と良心の持ち主であること」。どう考え、どう生きるか。それを考える授業が一般教育科目です。

なぜ、文系理系横断的に授業選択が可能なのか?

リベラルアーツとは、文系・理系の垣根を越えて分野横断的に学ぶ教育です。

ICUでは、1,2年次に幅広い分野の科目で学問的基礎力を養いながら興味のある分野を絞り込み、2年次の終わりにメジャー(専修分野)を決定する独自のカリキュラムを導入しています。

文理の枠を越えて幅広い知識を得た後に専門性を深めることは、豊富な知識に裏打ちされた創造的な発想を可能にするとともに、世界のグローバル化に伴い複雑化した社会の諸問題の解決に必要な、さまざまな知識・情報を統合する力を養います。

献学以来、国際的社会人を養成しているICUにとり、文系理系を横断的に学べる環境は重要な土台作りを担っています。

なぜ、自分で履修計画を立てなければならないのか?

学生一人一人を「個」として尊重する。そんなICUのリベラルアーツの最大の特徴は、理系や文系といった既存の垣根を越えた「自由」な学びです。学生には、この「自由」な学びの中で、本当に学びたい学問に出会い、主体的に自らの学びに取組む「自発的学修者」となって欲しいと願っています。

そのため、どのような科目を履修し、どのメジャーを選ぶのか。サービス・ラーニングを履修するのか、交換留学に応募するのかなど、卒業に向けてどのような履修計画を立てるのかは、学生の自由な意志に委ねています。

もちろん自由度の本学の履修をサポートするための体制を整えています。専任教員が学生一人一人につく「教員アドヴァイザー制度」、アドヴァイジング・スタッフ(職員)と学生アドヴァイザーが、履修やメジャー選択などの相談を受けている「アカデミックプランニング・センター」など。こうした、入学時から卒業までの自由な学びのサポートを通して、自分に潜んでいる可能性を探し、翼を広げてください。

なぜ、3学期制を採用しているのか?

ICUは3期制。1年間を3期に分け、授業は学期毎に完結します。1年間を前期・後期に分けている大学では、履修科目の選択機会は4年間で8回ですが、3期制をとることによって、選択機会は4年間に12回になり、学ぶ過程で生まれる興味・関心に合わせた幅広いカリキュラムの組み立てが可能になります。また、授業の大半は、1科目につき週複数回行われます。そのため、1科目につき週1回のみの大学と比べ、集中的に学ぶことができます。

また、9月から始まる学期があることにより、日本の教育制度とは異なるシステムで学んだ学生も、スムーズに入学することができます。

なぜ、授業の1コマが70分と短いのか?

ICUの授業は、1コマ70分と短いのですが、多くの大学と異なるのは、週に複数回授業を行うことです。大半の授業は、1週間に3回、つまり週に210分学ぶことになります。月・水・金と1日1コマ、週3回行なわれるものや、演習や実験などを行う科目は、同じ日に3コマ続けて行われるものもあります。

これは、集中的に学ぶことで、学んだことの定着を促進し、より学びを深めるためです。

さらに授業は、前回の振り返りで始まるのではありません。授業と授業の合間にも、文献を読んだり、エッセイを書いたり、友人とグループで議論したりと、さまざまな課題をこなすことが求められます。これにより学びは継続され、さらに深い学びを可能としています。

なぜ、「ダブルメジャー」や「メジャー、マイナー」の選択ができるのか?

ICUの特徴の一つは、学生一人ひとりを「個」として尊重することです。それは、メジャー選択においても変わりません。31のメジャーをどのように学ぶか、何と何を組み合わせて学ぶのか、学生が自由な意志で決められるようその選択方法を多様に用意しています。

メジャーを1つ修める方法、2つのメジャーを同時に組み合わせて履修する「ダブルメジャー」、2つのメジャーを比率を変えて履修する「メジャー、マイナー」。どのようにメジャーを選択するかによって、卒業までに修得すべき単位数の内訳が異なります。

自分の学びを自分でデザインできる。自由で幅広いICUでの学びは、あなたに学びの面白さを教え、生涯学び続け、成長し続ける人にしてくれるのです。

なぜ、全学生が卒業論文を執筆するのか?

ICUでは、学びの集大成として、自分自身で設定したテーマを1年間かけて論文にまとめる卒業研究を最終学年で行ないます。昨今、卒業論文を選択制とする大学もありますが、ICUでは4年間で得た知識と養われた思考力を試す非常に重要なものと考え、全学生に卒業論文を執筆することを求めています。

この献学から受け継がれている方針は、今後も変わることはありません。

最近では、筑波大学やアメリカのリベラルアーツ・カレッジであるウースター大学で卒業論文の指導を受けられるプログラムを開始し、学生がより幅広い分野で研究に取組める環境を整えています。

なぜ、筑波大学、東京外国語大学などの指定科目を履修できるのか?

ICUは、教育と研究の更なる発展を目標とし、複数の大学との間で連携・交流を推進しています。

筑波大学との連携においては、ICUの学生が医学医療、スポーツ科学、芸術系などの分野での卒業研究を可能とし、東京外国語大学との連携では指定科目の授業を履修できる単位互換制度のほか、図書館の相互利用も可能となっています。

今後も、他大学との連携・交流を進め、学び・研究分野をさらに広げていきます。

なぜ、教員も学内に住んでいるのか?

学生寮が、リベラルアーツを学び、実践する教育の場であるように、ICUではキャンパス全てが教育の場です。キャンパス内に多くの教員も暮らす環境を持つことによって、教員と学生の対話の機会が多く生まれ、学問的な側面だけでなく、人的交流をさらに促進し、ICUコミュニティとしての国際的なキャンパス空間を創り出しています。

教員住宅には広いリビングがあり、学生を気軽に招くことができます。オープンハウスや読書会、バーベキューパーティーなどが行われ、教員と学生は教室を離れても身近な距離感で生活しています。

なぜ、ICU生は学内を自転車で移動するのか?

ICUのキャンパスへは、新宿駅から電車とバスで30分程度。バスを降りると、そこは都内とは思えない豊かな緑の中です。四季の移り変わりを味わえる武蔵野の自然の中にキャンパスがあり、広さは約62万平方メートル、東京ドーム13個分、東京ディズニーランドより広大です。

「三鷹の森」とも呼ばれる豊かな自然に囲まれた大学本館や研究施設の周辺に学生寮や教職員住宅が点在しており、その移動に時間がかかることもあります。そこで学生の多くは、施設間の移動を自転車で行なっています。

移動には「自転車が便利」と、在学生も卒業生も口を揃えるほどです。

なぜ、国の登録有形文化財である泰山荘がキャンパス内にあるのか?

「泰山荘」とは、日産財閥の重役であった山田敬亮が、富士山の見える郊外で茶会を開くための別荘として、ここ三鷹の地に建設した建物群の名称です。泰山荘を構成する、表門、母屋、書院、待合、高風居、蔵、車庫の各建物は、1936(昭和11)年頃に現在の場所に新築・移築されました。戦雲ただよう時代にもかかわらず行なわれた泰山荘の席披きには、松岡洋右や寺内寿一など政界の有力者が出席したという記録が残っています。しかしほどなく泰山荘は、山田家から次の所有者の手に渡ることになりました。1940(昭和15)年に中島飛行機会社が周辺の土地一体を購入、その創業者・中島知久平が泰山荘を自らの住居として、戦中から終戦直後にかけて生涯最後の時期を過ごしたのです。

1950(昭和25)年、ICUは献学の地としてこの旧中島飛行機会社の敷地を選び、奇跡的に戦火を免れそのままに残っていた泰山荘も大学の所有となりました。こうして1953(昭和28)年の献学以後現在まで、泰山荘は大学の一施設として維持・管理されることになったのです。残念ながら1966(昭和41)年に母屋が焼失する火事に見まわれたものの、残る6つの建物はその歴史的価値が認められ、1999(平成11)年に国の登録有形文化財となりました。

このようにICU献学以前からの歴史の中でいくつかの偶然と幸運が重なり、泰山荘は当時のままの形でキャンパスに保存されているのです。

なぜ、ICUの入試は他大学と一線を画しているのか?

ICU の入試は、「こんな学生に入学してもらいたい」という、ICUからのメッセージです。高等学校までの学習で蓄積した知識以上に、ICUのリベラルアーツで自分の可能性の翼を最大限に広げることのできる資質があるかを見極めています。

さまざまな問題が複雑に絡み合う現代社会において、「ある学問領域、あるいは専門性」のみの追求では、問題の本質に迫ることは困難です。ICUのリベラルアーツが重視しているのは、学問分野を越えて多様な知識を統合し、実践の場で活用する力です。

目の前にある一つの側面ばかりを見ていては、他の側面を見落としてしまう可能性があります。だからこそ、従来型の個々の分野の得点で能力を測る入試ではなく、全体を見渡す能力、大枠を直感的に捉える能力、想像力を働かせて課題の解決に当たる能力を測る、ICUならではの入試を行っています。

なぜ、ICUの入学者選抜制度は、多様なのか?

それは、ICU が世界人権宣言の原則に立ち、「責任ある地球市民」として世界の平和と多様な価値観を持つ人々との共生を実現するためにリベラルアーツ教育を実践しているからにほかなりません。

グローバル化する現代の社会でこの理念の実現を目指し、ICUでは日本全国および世界各地から次のような資質を持つさまざまな可能性に満ちた学生を受け入れるため、多様な選抜方法と多元的な評価尺度による入学者選抜を実施しています。
・文系・理系にとらわれない広い領域への知的好奇心と創造力
・的確な判断力と論理的で批判的な思考力
・多様な文化との対話ができるグローバルなコミュニケーション能力
・主体的に問題を発見し、果敢に問題を解決してゆく強靭な精神力と実行力

<ICUの入学者選抜>
一般入学試験(A方式・B方式)、転編入学制度、 ICU特別入学選考(AO入試)、指定校推薦入学試験、社会人特別入学試験、ユニヴァーサル・アドミッションズ(4月入学帰国生入学試験/4月・9月入学書類選考/4月入学国際学生入学試験/9月入学国際学生書類選考)

なぜ、ICUには日本初のことが多いのか?

日本初の「国際」を冠する大学、日本初のリベラルアーツ・カレッジ、日本初の自由な専攻選択システム、日本で初めて英語のリスニング試験を採用、日本初の開架式書庫、そして日本最初の自動化書庫の導入、日本初のジャーナリスト宇宙飛行士......、ICUには、「日本初」がたくさんあります。

世界的な社会問題を解決するため、リベラルアーツ・カレッジに求められる学びは何か?どうあるべきなのか?その妥協なき追求が、結果として「日本初」を多数生み出してきたのかもしれません。

なぜ、学生食堂のメニューが英語でも書かれているのか?

国際性を使命の一つに掲げる本学では、全ての学生に日英両語の充分な運用能力を求めます。そのため、献学以来日英両語を公式言語とするバイリンガリズムを貫いており、教室においても事務室においても、さらには学生のクラブ活動においても、この原則を浸透させ、学内の掲示物は原則日英両語で併記されています。

さらに、すべての部署に英語運用能力や海外留学経験のある職員を配置し、あらゆる業務にバイリンガルで対応しています。学内の外国人教員や、海外からの留学生をサポートしています。

なぜ、松浦武四郎の書斎「一畳敷」を大切に保存しているのか?

泰山荘の建造物のうち、母屋(現存せず)と待合、高風居は、江戸時代や明治時代の古い建物を移築したものです。中でも高風居は由緒ある建築で、紀州徳川家当主の徳川頼倫によって1925(大正14)年に建てられました。六畳の茶室と水屋をそなえたこの建物に差し掛ける形で一室をなしているのが、松浦武四郎ゆかりの「一畳敷」です。

幕末から明治にかけて全国を旅し、「北海道の名付け親」として知られる松浦武四郎が、古希を迎えるにあたって人生最後の時を過ごす空間として設計したのが、この小さな書斎でした。武四郎は旅先で知り合った友人・知人に手紙を書き送り、数年をかけて各地の霊社名刹などの建造物の古材を集め、1886(明治19)年、神田五軒町の自邸に一畳敷を増築します。その名の通り、たった一枚の畳に板縁を廻らせ、床の間と神棚、書棚をしつらえた空間は90もの歴史ある木片で組み上げられており、その来歴は古くは白鳳時代から江戸時代にまで遡ります。

武四郎の死後、一畳敷は紀州徳川家当主の徳川頼倫の手に渡り、麻布の南葵文庫、そして代々木上原の高風居へと移築を重ねます。頼倫が亡くなると実業家・山田敬亮が泰山荘建設のために高風居を買い取り、1936(昭和11)年頃に三鷹の現在の地に運ばれました。その後、一畳敷の所有者は中島飛行機会社、そして戦後にはICUに変わり今に至ります。
主を替え所在が移る間、一畳敷には関東大震災や東京大空襲という消滅の危機がありました。また、そもそも武四郎は自らの死に際し、遺骸を一畳敷の材で焼くよう遺言していました。建築的にも歴史的にもユニークなこの建造物が今、130年余りの時を超えてICUに残されているのは奇跡ともいえます。ICUは一畳敷を含む、登録有形文化財である泰山荘を、貴重な財産として保存・活用に努めています。