卒業生の声

*肩書はインタビュー当時のものです。

*肩書はインタビュー当時のものです。

柴垣 真弥子 
ハーバード大学 博士前期課程2年
2020年6月 教養学部卒業

真に自由な学びの環境で培った、自分らしい生き方

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ICUでの卒業研究を深めるべく、ハーバード大学大学院で研究に打ち込む日々

現在、ハーバード大学の東アジア研究の修士課程にて、日韓の近現代史を専攻し、日本が朝鮮を植民地支配していた時代の文化的な側面にフォーカスして歴史研究を行っています。ポストコロニアリズムの影響を受けて歴史学でも1990年代ぐらいから植民地主義の文化的側面(文化の政治性)に関する研究が主流になってきました。私もこの影響を受けて、帝国日本と植民地朝鮮における文化表象、植民地主義と人種やジェンダーの関係性などに興味を持つようになりました。まだまだ研究の余地がある分野だと思います。

中学生の頃から韓国文化に強い興味があり、K-POPを聴いたり韓国ドラマを観たりすることが好きでした。その中で、自然と韓国語の能力も身につけました。転機となったのは、ICUに入学してロバート・エスキルドセン教授の歴史学の授業を受けた時。それまで長い間、韓国文化に親しんできたにも関わらず、帝国としての日本と植民地時代の朝鮮を全く理解していないことを痛感しました。当時の日本と朝鮮の関係を深く理解したいと考え、卒業論文では当時の日本から捉えた朝鮮の視覚表象を分析。ポストカードや漫画等の視覚資料をもとに、当時の日本人がどのように朝鮮を見ていたのかという「視覚資料を通した日本の植民地朝鮮への眼差し」をテーマに卒業論文を執筆しました。


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高麗大学 Korea University International Summer Campus[2017] 韓国美術史入門の遠足で訪れたソウルの国立中央博物館にて

ハーバードでの研究は、その延長線上にあるものです。研究テーマは、戦時期「北鮮(現 北朝鮮、咸鏡南北道)」地域における植民地ツーリズム。このテーマに至ったのは、資料を探す中で出会った『観光朝鮮』という雑誌がきっかけでした。日中戦争真っ只中の1939年に日本で出版されたもので、日本から朝鮮への観光をテーマとしたもの。実は戦時中、帝国日本は朝鮮への観光を推進していて、朝鮮を訪れる人が多かったのです。「なぜ戦争中に観光に行くのか?」という素朴な疑問から出発し、当時の旅行ガイドブックや一般市民の旅行記などを分析しました。研究の結果、見えてきたのは戦略的な「植民地観光」の姿です。戦時中の植民地朝鮮において、創氏改名など皇民化政策が行われていたことは広く知られています。同様に、植民地政府は日本人と朝鮮人が同様に共有できる文化認識と体験を観光を通じて作り出すことで、「文化」を通じた皇民化、内鮮一体化を促進する狙いがあったのではないかと考察しました。当時、特に「扶余」という場所は三国時代・百済の首都であり、かつての日本と朝鮮の歴史を強調する目的で帝国日本の「聖地」として観光地化が進んでいました。

ハーバード大学の燕京図書館(Harvard-Yenching Library)は日韓関係の資料が非常に豊富で、個人の旅行記などの希少な一次資料も充実しています。私の研究では資料の分析が中心であるため、朝から晩まで図書館にこもることも少なくありません。研究を指導いただいているのは韓国の近代史を専門とする先生と、日本の近代史を専門とする先生の2人。トランスナショナルな研究を目指しているため、両方の視点からアドバイスいただける環境をありがたく感じています。


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全米最大規模の東アジア関係資料を所蔵するハーバード大学燕京図書館と図書館内のキャレル(研究机)

学際的な学びから見いだした、独自の研究テーマ

ICU高校在学中は生物や歴史、美術などの科目が好きでした。ただ、文系・理系と分けて学ぶことには違和感があり、大学では枠組みにとらわれず自由に学びたいと考え、ICUへの進学を決めました。入学後メジャー決定するまで時間があり、また、メジャーを決めた後も自分の関心にあわせて幅広く学ぶことができる点、日英バイリンガルで授業を受けられる点にも魅力を感じました。

ICUには期待以上の学びの環境がありました。自由にのびのびと、興味のアンテナが向くままにいろいろな授業を受ける日々。もともと関心の強かった歴史学に加え、高校のころはあまり関心のなかった化学に興味を持つようになりました。

最終的に歴史学メジャー・化学マイナーとして得た学びは、自身の大きな糧となっています。私が行っている研究は先行研究が少ないテーマですが、この"穴"に着目できたことも、ICUでのリベラルアーツ教育の賜物です。歴史学のみを学んでいると文献中心になりがちですが、私は美術史など幅広く学んでいたからこそ「視覚資料」に関心を持つことができたのだと思います。また、ハーバード大学大学院への出願時には、マイナーで化学を学んでいたことをはじめとする学びの幅広さが評価されて入学につながりました。

在学中に2度の留学の機会に恵まれたことも、感謝しきれません。振り返れば、それぞれの留学経験が今の研究につながるターニングポイントになっています。2年次に参加した韓国の高麗大学への夏季留学プログラムでは、韓国美術史の授業の一環として訪れた現地の美術館での経験が、日本の朝鮮植民地支配が与えた文化的な影響に興味を持つきっかけとなりました。3年次には、カリフォルニア大学バークレー校へ1年間の交換留学を経験。この時、近代日本・韓国史を専門とする先生との出会いを通じて、学内の東アジア図書館を探索して見つけた漫画作品などの資料も研究の対象にしていいんだ!という気づきから、本格的な視覚資料の研究を始めるきっかけとなりました。

学業、留学のほかにもK-POPのダンスサークルでの活動など、とにかく興味があることに幅広く取り組んだICU時代。最初からひとつの興味に絞り込むのではなく、何事も「面白そうだからやってみよう」という姿勢が成長につながったと感じています。


ICUならではの環境で「本当にやりたいこと」を見つけてほしい

後輩たちへ伝えたいのは、ICUの学びの環境を存分に活用してほしいということ。少人数教育、ディスカッションベースの授業、日英バイリンガルでの学び......他の大学では得難い魅力がたくさんあります。特に私が魅力を感じていたのは、リベラルアーツ教育ならではの学べる分野の幅広さです。私の場合、入学時点では面白そうだと感じる分野が複数あり、学びたいことが絞り切れていない状態でした。ICUで4年間をかけてじっくりと学び、自分の興味関心を探ることができたからこそ、今はそれに全力で向き合うことができています。入学時にすでに興味関心が定まっている人もいるかもしれませんが、ぜひ「それ以外」の分野の授業も受けてみてください。リベラルアーツ教育を通じて視野を広げることが、学びにおいても、そのほかの局面でも大きな支えとなります。ICUでの経験がなかったら、今の自分はないと思っています。

先生との距離が近く、密なコミュニケーションを図れる点もICUならではの魅力だと思います。先生方がどのような興味関心のもと、どのように研究をされているのか。その姿を間近で見ていたからこそ、私も研究という道を選んだのだと感じています。3年次に周りの友人たちが就職活動を始める中、少なからず進路に迷いがありました。海外の大学院に進学する道も選択肢の一つとして考えていたのですが、どうすればよいのか分からず、なかなか一歩を踏み出せずにいたのです。先生方に相談したところ、具体的なアドバイスをいただき、出願を後押ししてくださいました。


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韓国成均館大学における語学研修[2022]


そしてこの度、ICU時代から続けてきた研究が実を結び、執筆した論文が"Noma-Reischauer student paper prize"を受賞しました。(*1) ハーバード大学で日本関係の優れた研究に与えられる、名誉ある賞です。中々目に見える形で実績を実感することがない研究という作業ですが、今回受賞という形で自分の努力を認めていただけたことを嬉しく思います。

今後は博士後期課程に進学して研究を続けていくつもりです。最近ではK-POPの研究、特に近年K-POPで活躍している日本人の多文化的アイデンティティーというテーマについて研究を始めています。研究を通じて、ナショナルな枠組みを超えて日韓の人々が深く理解し合えるような未来に貢献できればと強く願っています。


(*1) Noma-Reischauer student paper prize 受賞論文タイトル:
戦時期「北鮮」における植民地ツーリズム: 想像と体験の帝国統合, 1931-1945
Envisioning and Enacting Imperial Integration: Wartime Tourism in Northern Korea, 1931-1945

研究内容:
本論文では、植民地朝鮮の「北鮮」(現 北朝鮮、咸鏡南北道)地域に注目し、戦時期(1931 - 1945) のツーリズムを通じた北東アジアの帝国空間の認識と体験を研究しました。満州国建国によって一躍重要性を増した北鮮地域が、植民地朝鮮の「周辺」そして日本帝国の「裏」から、日本海を中心として統合された帝国空間の「表」、そして朝鮮を代表する「躍進」産業の中心地として変容していく過程を明らかにしました。また「北鮮ルート」に乗って新潟・敦賀から北鮮を通って満州国を訪れた観光客が、何を見、感じ、考えていたのかを通じて、当時の日本人と朝鮮人の「帝国」と「戦争」の新たな「体験」の様相を考察しました。

In this paper, I examined a relatively under-explored region in colonial Korea -- Northern Korea [Hokusen/Puksǒn, North and South Hamgyǒng provinces] -- that emerged as a space of "imperial" importance in the 1930s with Japan's advancement onto the Chinese continent. I demonstrated how tourism representations transformed the symbolic space of Northern Korea: from the colonial peripheries and "back" of the Japanese empire to a progressive space of Korean militarized industrialization and "front" of a newly integrated Northeast Asian empire centered on the Japan Sea/East Sea. Studying gazes, responses, and thoughts of tourists traveling from western Japan to Manchukuo via Northern Korea, I also attempt to provide a new picture of how Japanese and Koreans simultaneously experienced "war" and "empire" through tourism in spaces of imperial integration.

Profile

柴垣 真弥子
ハーバード大学 博士前期課程2年

2020年6月 教養学部卒業

ICUでは歴史学メジャー・化学マイナーを専攻し、植民地時代朝鮮の視覚表象をテーマに卒業論文を執筆。宗主国と植民地の立場にあった日本と朝鮮の関係を深く読み解いた卒業研究は、長清子アジア研究学術奨励賞を受賞した。その後、2021年9月にハーバード大学大学院 東アジア地域研究(RSEA)プログラム入学。2022年にはハーバード大学内で日本研究の論文の中から毎年最も優れたものに与えられる名誉ある賞"Noma-Reischauer student paper prize"を受賞した。

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