アジアサッカー連盟(AFC) Project Manager
2007年 教養学部社会科学学科(当時)卒業
リベラルアーツとの出会いは、思いもよらない自身の変化と成長、そして、未来を楽しむチャンス。
入学直後、「勉強」が得意という自信が打ち砕かれた
実は、入学早々、単位を落としてしまった経験があります。高校時代はいわゆる進学校で、テストの点数を取ることには自信を持っていました。ICUに入学後も、「授業にはあまり出なくてもレポートを出して点数さえ取れば単位は簡単にもらえるだろう」と高をくくっていました。しかし、それは誤りでした。教授から授業に出席しなかった理由を尋ねられると同時に「遊び?」とただ一言。このシンプルな問いかけは、その後の私の行動に大きな影響を与えました。周囲の学友たちは、海外からの帰国生やインターナショナルスクール出身のメンバーも多く、学ぶモチベーションの象徴のような存在でした。それまで大学合格が「勉強」の目標であった私は、その状況に適応できず、「ICUに何しに来たんだっけ?」と考え込む始末でしたが、この「遊び?」の一言で、自分に喝が入り、「ICUは、点数を取ればOKの大学ではない。自分がここで何を得たいのか?」を改めて真剣に考えさせられると同時に、自ら行動し、学びを求める姿勢を持つようになりました。
その後、物理学や数学など、高校時代に興味を持っていたものから多岐にわたる分野を貪欲に学びました。歴史学にも深い興味を抱き、日本史や世界史に熱心に学ぶ傍ら、東欧ロシア史の授業で大きな違和感と遭遇しました。東欧ロシア史において、他の世界史に比べて議論の余地が極めて少なく、情報が乏しい状況に違和感を覚えたのです。特にロシアは、地理的に近いにも関わらず、基礎的な情報が限られているように感じられました。この疑問に対する答えを求めるためには「自ら動き、学びを求めるしかない」と考え、ロシア・サンクトペテルブルク国立大学への留学を決意しました。
ICUで培ったマインドとコミュニケーション能力がキャリアの土台に
実際にロシアを訪れると予想外の言語の壁やコミュニケーションの課題に直面しました。買い物などの基本的な行動ですらままならず、しばらくは孤独な時間を経験することに。その後、私を心配し手助けしてくれる友人が1人2人と増え、その支えにより留学生活を何とか軌道に乗せることができました。この経験から、「人は独りでは何も成し遂げられない」ということを痛感しました。そして、この気づきはあらゆる国の人たちと協働を必要とする現在の仕事においてもさまざまなプロジェクトを進める原動力となっています。
現在、私はアジアサッカー連盟(AFC)クアラルンプール本部において、フットボールテクノロジーの管理と運営を担当しています。フットボールテクノロジーは、スタジアムカメラとボールに内蔵されたセンサーなどによって、例えばラインぎりぎりのゴールを正確に判定する技術や、難解なオフサイド判定を支援する技術です。これらの先進技術は正確で公正な審判を実現するために不可欠であり、国際親善試合やFIFA主催のワールドカップなどの大規模な大会においては欠かせない存在となっています。フットボールテクノロジーは日進月歩の進化を遂げており、私の役割は新たな技術や機材を試合でテストし、実際に導入するなど、最先端の取り組みに携わることです。私たちは常に最新のテクノロジーを追求し、その進化に貢献することを目指しています。
ただ、フットボールテクノロジーの導入は国によって大きな差があります。富裕な国々はフルセットの機材を導入している一方、特に開発途上国では機材が不足しているか、または全く導入されていない場合もあります。このような状況ではこちらから機材を現地に送るのですが、国際情勢や外交の都合で空輸が難しかったり、空輸ができても試合直前に空港で検査に引っかかったりなど、想定外のトラブルが多々発生します。こうした厳しい状況で何度も窮地を救ってくれたのは、やはり現地の協力会社やスタッフの存在です。異なる国々、言語、文化を持つ人々とのコミュニケーションは容易ではなく、これらの違いを克服するためには、率直に意見を交わし、互いを尊重する姿勢が重要です。留学先での「人は独りでは何もできない」という気づき、ICUで培ったオープンマインドとコミュニケーション能力、これらのすべてが現在の職務を全うする土台になっていると思っています。

常識に縛られず、変化する自分をもっと楽しんでほしい
そんな私から皆さんにお伝えしたいことは、「ルールや常識に縛られるな、変化を恐れるな、心をいつも自由に」ということ。私自身、受験勉強という枠に縛られ、大学に合格したら目的を見失い、空虚な日々を過ごした時期もありました。しかしICUはそうした自分を大きく受け止めてくれ、ゆっくりと、迷いながら、でも着実に、やりたいこと、実現したいこと、探究し続けたいことを見つけられる環境が整っているのです。ICUには海外で多くの時間を過ごし、日本の常識にとらわれない学生も数多くいます。私の友人の1人に、シーズンごとにサッカーやバスケなど、さまざまなアクティビティに取り組む人がいました。その彼に「なぜ1つのことに集中しないのか?」と尋ねたところ、彼はこう答えたんです。「なぜ1つのことに没頭して、24時間365日やり続けることが良いことだって思うの?」と。彼は自分の興味をひとつに絞り込む必要性を感じておらず、「これだけが正解」という固定観念にとらわれていませんでした。迷うことは許されるし、新たな興味が湧いたら、自由に環境を変えて向かって進んで行けば良いのです。こうした自由なアプローチができるのが、ICUのリベラルアーツの最大の魅力なのです。
私の最初のキャリアは、サッカー関連ではありませんでした。大学卒業後は、HSBCという外資系金融会社に就職。その後ブルームバーグ・ジャパンへ移り、マネジメントスキルを磨いた後、世界に通用する人材育成を目的とするNPO法人に転身しました。しかし、心の奥底ではサッカーに関わりたいという強い思いがあり、スペインに渡ってクラブチームとフリーランス契約を結び、会社を立ち上げ...という紆余曲折を経て現在に至っています。その時その時で「面白がる」ものが変化する自分を面白がる。何か1つに決めつけるのではなく、ICUでさまざまな挑戦と出会いを体験してみてください。きっと今の皆さんが想像もしない成長と未来が待っていると思います。

Profile
井ノ口 孝明
アジアサッカー連盟(AFC) Project Manager
2007年 教養学部社会科学学科(当時)卒業
金融会社での経験を積んだ後、スペインでの2部リーグエルチェCFでの勤務を経て、ロシアへ渡り、FCゼニト・サンクトペテルブルクに自ら企画を提案し、クラブのPR部門に携わる。その後、2020年よりアジアサッカー連盟(AFC)に加わり、国際親善試合やワールドカップ予選などの大規模な試合で使用される最新のフットボールテクノロジーの導入、管理、運営に従事。現在、AFCでの職務を通じて、最先端の技術を駆使して世界のサッカー競技を牽引している。
