Every Day is “Global” at ICU.

-日常に息づくICUの「グローバル」-

Global ICU

在学生・教員の声

Expanding Potential: curiosity
秋山 肇 (あきやま はじめ)教養学部3年(インタビュー時)

メジャー:平和研究、国際関係学

社会に貢献できる力を身につける

英語を学ぶのではなく英語で学ぶ

ICUに入学を決めたのは、「英語を学ぶのではなく英語で学ぶ」という教育に惹かれたのが最初のきっかけです。小さい頃から英語圏の文化にあこがれがあり、英語を話すだけではなく、英語を使って何かを生み出せる人になりたいと思っていました。また、もうひとつICUへの入学を決めた理由として、"Later Specialization" 、入学時に専攻を決めずに、文系・理系の垣根を越えて幅広く学んだ後、3年次までにメジャー(専修分野)を決める教育であるということがあげられます。当時は、国際関係学やICUにしかないメジャーであるジェンダー・セクシュアリティ研究を学びたいと考えてはいたものの、一つの分野には絞り込めていなかったので、学びながら分野を決めることができるこの教育自分に最適でした。

学びの興味を広げるICUの英語教育

ICUの英語教育は非常に厳しいことで有名だと思いますが、今の自分が英文で論文を書くことが出来るようになったのは、英語教育プログラム "English Language Program" (現ELA:English for Liberal Arts Program)のおかげだと思っています。当時の私は、一番レベルの低いクラスに所属していました。読解と論文作法を学ぶARW(Academic Reading & Writing)というクラスが週3コマあったのですが、その授業では英論文を10ページ程読まなくてはならない課題が毎回出され、最初はいくら時間があっても足りない程で、授業に追いついていくのも大変でした。ただ、時間が経つにつれて、論文の一文一文を読むのではなく、要旨を理解するということができるようになり、課題に費やす時間も少なくなっていきました。

また、精読と英文構成法を学ぶRCA(Reading & Content Analysis)という科目では内容について細かく読むことを学び、読解の質を高めることができました。プログラム全体で作文レベルの「書く」ではなく、「学術資料を集めて書きなさい」など、常に論理性を要求されましたし、結論を始めに記述するという英文構成には慣れるまでは、短いエッセイを書くにも多くの時間が必要でした。

どちらの授業も大変でしたが不思議といつも充実感がありました。高校生までの文法中心の英語教育ではなく、「教育の意味」「人種差別」「人間の安全保障」など、自分の学びたいと考えている分野にも関連したテーマについて読み、先生も含めてディスカッションなどを行うため、日々の授業を通して学びへの興味がますます広がり、充実していたのだと思います。

世界の声なき声のために、学びを深める

今は、平和研究と国際関係学のダブルメジャーです。1年生の時に、フォッセ, ヴィルヘルム M.教授の「日本の国際関係」という授業を履修し、現在の国家間レベルで結ばれている協力関係を具体的に知り、文化によって政治が異なるが故に複雑に絡み合う国際関係にますます興味を持ちました。

また、2年生の夏に国連大学主催のグローバル・セミナーに参加したことも、今の自分にとって大きな経験となりました。参加者は、学部生・院生、日本人学生・外国籍学生など様々な人たちで、人道危機にどう対処すべきかをテーマとした講演の他、参加者間でのディスカッションを行いました。ディスカッションを通して、バックグラウンドの違いによる考え方・視点の違いを肌で感じたほか、現実を変えるには批判だけでなく、具体的な実現施策が必要であることを教えられ、自らの学びをより深める必要性を痛感しました。

卒業後の進路としては、学びをさらに深めるため、5年で学士と修士を取得できる5年プログラムでICUの大学院への進学を考えています。その後は、国際機関で自らの力を声なき声のために生かしたいと考えています。

ICUでの学びは、自分次第でその領域を広げることが可能です。ただ、学びを広げ続けることは、ゴールではありません。私も入学するまでは知りませんでしたが、ICUは第二次世界大戦後の平和を願う日米の多くの人々から善意で寄せられた募金により「献学」された大学です。つまり、ICUで学ぶことは寄付された方への思いに答え、社会に貢献する人となる責任を負っているのだと思います。

ぜひ、皆さんもICUで学び、社会に貢献する力の基礎を身につけてください。