KOTONOHA BLOOM代表
2003年6月教養学部人文科学科(当時)卒業
ICUで学んだ日本語・英文学の知識を生かし
「言葉」を扱う仕事に情熱を燃やす
創造的な翻訳を通じて、日本の企業と世界をつなぐ
英文コピーライティングや翻訳を行う日英翻訳サービス「KOTONOHA BLOOM」を運営しています。文化が異なる英語圏へ日本の商品やサービスの魅力を適切に届けるために、自身で立ち上げたサービスブランドです。単に日本語を英語に変換するのではなく、クライアントがアプローチしようとしているターゲットの特性や、商品・サービス紹介に込められた思いを深く理解し、それに寄り添った言葉を紡ぎ出すことにこだわっています。
キャリアの原点は、ICU入学後に始めたアルバイト。海外の音楽CDを聴き、歌詞カード用に英語の歌詞を文字に起こす仕事をしていました。当時、歌詞のテキストはアーティスト本人が提出するのではなく、誰かが聴き取って作成するものだったのです。その仕事を続ける中で、英語詞の日本語訳の依頼を受けました。翻訳は自分の母国語に変換するのが普通で、英語のネイティブスピーカーである私が英日翻訳を行うのは珍しかったと思います。そうした歌詞対訳の仕事が少しずつ増え、翻訳の世界に足を踏み入れていきました。
ICU卒業後は有限会社KRアドバイザリーに就職。歌詞対訳やライナーノーツ(音楽CDの解説文)の翻訳、海外アーティストへの取材などを担当していました。ザ・ビートルズのメンバーであるリンゴ・スターへのインタビューを担当したのは忘れられない思い出です。
仕事はとても楽しく、日々充実感がありました。一方で英日翻訳のスキルに対する限界も感じていて、「自分の日本語能力はこれ以上伸びない」「今以上のアウトプットはできない」という悩みがありました。それを仕事のパートナーに思いを打ち明け、話し合った結果、一度会社を離れることに。そのタイミングで株式会社オリエンタルランド(東京ディズニーリゾートの開発・運営会社)のスタッフ募集を見つけて、入社に至りました。オリエンタルランドでは日英翻訳とともに、英語でのコピーライティングを経験。商品部やイベント部、マーケティング部の日本人スタッフとミーティングを行い、「こんなことを英語で伝えたい」という思いを聞いてコピーを書くのが主な業務でした。商品に用いるグラフィック内の文章や、キャンペーンの名称など、多様なコピーライティングに携わりました。自分が関わったコンテンツが世の中に出て、テーマパークを訪れたゲストが楽しんでくれることが大きなやりがいでした。
この仕事でコピーライティングの楽しさに気づいた私は、オリエンタルランドを退職したのち、KOTONOHA BLOOMの翻訳サービスをスタート。クライアントから要望や目的をヒアリングし、それを基に商品・サービスに関する翻訳やコピーライティングを行ってきました。この仕事のゴールは言葉を変換することではなく、日本の商品を世界にアピールし、海外のお客さんを増やすことです。英語はただのツールに過ぎません。そのツールがうまく働いていないと目的を達成できないので、妥協せず、どれだけでも労力を注ぎます。クライアントの業界について何時間もかけて勉強し、クライアントにとって一番「使える言葉」に仕上げていくこと。それが私の仕事に対する譲れない信念です。

ICUでの学び、交流によって深まった日本語・日本文化への理解
イギリスの高校に通っていた私がICUを志望したきっかけは、ある日本人男性との出会い。今の夫となる人で、恋に落ちた私はその人が帰国するタイミングで一緒に日本にやってきました。来日後、日本の大学への進学を考える中で興味を持ったのがICUです。日本語教育が非常に充実している点に強い魅力を感じました。入学時にはすでに結婚しており、当時、既婚者の入学生は私が初めてだったようです。
ICUに入って驚いたのは、学期ごと・科目ごとにテストが行われること。当時のイギリスの大学では、専攻する分野だけを3年間かけて掘り下げ、試験も年1回行われるのが一般的でした。そのため、もともと英文学を専門的に学びたかった私は、「英文学だけではなく、他のことも各学期でたくさん勉強しないといけないのか。嫌だなあ」と思っていました。しかし、それも最初のうちだけ。幅広い学びが専門分野への理解を深めてくれると実感し、リベラルアーツ教育の価値に気づきました。例えば西洋美術の授業を受けると、絵画に描かれた人物に関する知識を得られます。そして、それが文学にも登場する人物だったりするのです。美術の学びを通して、文学作品をより深く捉えられるようになりました。
イギリスの大学との違いといえば、体育の授業もその一つです。イギリスでは高校以降、体育の授業はありません。私は体育が苦手だったので、大学で体育の授業があると知って不安でした。しかし、ICUでは「剣道」「弓道」という日本ならではの種目があり、とても楽しく取り組めました。少し話が逸れますが、私には娘が2人いて、2人とも小学生になってから剣道を習わせました。凛とした姿が格好よく、礼儀作法が身につく点も素敵だったからです。剣道は小学生のうちは男女分かれずに練習し、面を着けていると相手が男なのか女なのかわかりません。性別をあまり意識しない武道、という点でも惹かれる部分がありました。
その他にも、ICUに通う中で多くの学び・成長がありました。その一つが、人との関わり方の変化です。私はもともとシャイで、自分から人に話しかけることは少ないタイプでした。そして当時のICUはまだ白人の女性が少なかったこともあり、最初はなかなか他の学生とコミュニケーションをとることが難しかったのです。ただ、日本語能力を伸ばすには、やっぱり人と話さないと駄目だなとも感じていました。その一歩を後押ししてくれたのがICUの国際性です。ほとんどの学生が英語を話せるので、徐々に安心して心を開けるようになりました。「この人はきっと私と話したくないんだろうな」と考えていたのが、「面白そうだから少し話してみよう」と思えるようになり、価値観の変化を実感しました。日本人の友人もできて、その人の趣味だったお笑いのライブを一緒に観劇したことも。それがきっかけで私も日本のお笑いが好きになり、そこから日本語の能力が格段にアップしたと思います。
ICUでさまざまな日本文化に触れ、日本語の表面的な意味だけでなく、その背景にあるものをくみ取れるようになりました。この力は、日英翻訳に大いに生かされています。また英文学を専攻していたため、数多くの優れた文章に触れることができ、自分自身も美しい言葉でライティングできるようになりました。今の仕事を支えるこれらの技術は、まさにICUだからこそ得られたものです。

ICUは多様な文化・価値観に触れ、コミュニケーション能力を磨ける場所
言葉は時代とともに変わっていくもの。翻訳者・コピーライターもそれに合わせて変化していかなければなりません。そのため、20年以上過ごした日本を離れ、2022年から再びイギリスに移ることを決断しました。日本に住んでいると日本語はもちろん上達するのですが、目に入るのは日本語ばかり。英語があっても、きれいに翻訳されているものばかりで、生の英語に接する機会はなかなかありません。イギリスの地で、今の時代に使われているリアルな英語に触れることで、英文コピーライターとしての表現力をさらに高めていきたいと考えています。一方で活動の軸足は今も日本に置いており、2023年6月には日本翻訳者協会(JAT)の理事長に選任していただきました。私がこれまでに培った知識の共有や教育を通して、今後は他の翻訳者のサポートにも力を注いでいきます。
翻訳業界に限らず、AIの発展によって変容を遂げる今の社会。未来をイメージできず不安に感じている大学生・高校生も多いのではないでしょうか。そんなAI時代に最も重要となるのは「コミュニケーション能力」だと私は考えます。さまざまな人間の活動がAIに代替される中でも、人間同士のコミュニケーションだけはAIに任せられません。だからこそ大学時代にコミュニケーション能力を身につけて世の中に出ていくことが重要だと思いますし、それに適した環境がICUにはあります。普通に大学生活を送っているだけでも、日本人学生に加え、世界各国の学生と交流でき、多様な文化・価値観に出会えるはずです。そうした環境の中で、将来に生きる力を磨いてください。
Profile
狩野 ハイディ
KOTONOHA BLOOM代表
2003年6月教養学部人文科学科(当時)卒業
イギリスのカレッジを卒業後、日本移住を決断。ICUに奨学生として入学し、英文学と日本語を専攻。卒業後は有限会社KRアドバイザリーに入社し、音楽関係の翻訳・通訳業務に従事する。2016年には株式会社オリエンタルランドに入社。英文コピーライターとして、あらゆるコンテンツのローカライズを担当する。2020年よりフリーランスとして独立し、日本企業のウェブサイトコピーなど、マーティング案件を中心に幅広い英文制作・コピーライティングを受注。2021年にKOTONOHA BLOOM を立ち上げる。2023年6月より日本翻訳者協会(JAT)理事長も務める。
