卒業生の声

*肩書はインタビュー当時のものです。

*肩書はインタビュー当時のものです。

井出 信孝 
株式会社ワコム 代表取締役社長兼CEO
1993年 教養学部社会科学科(当時)卒業
1995年 ICU大学院行政学研究科(当時)博士前期課程修了

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デジタルインクの新たな可能性に挑戦

2018年4月、私は株式会社ワコムの代表取締役社長兼CEOに就任しました。ワコムは、液晶ペンタブレットやデジタルペンを主力商品とし、さらに最近ではデジタルインク技術の開発と普及を推進して、世界150カ国以上で事業を展開する企業です。これまで、世界中のイラストレーターやデザイナー、アニメーターなど、「クリエイター」、「アーティスト」とか言われる人々の仕事を支えるツールを提供してきました。

私がワコムに入社したのは2013年。デジタルぺンの技術を活用して、さまざまなパートナー企業と協業する「テクノロジー・ソリューション・ビジネス」に携わりました。新社長に就任してからは、未来のワコムを見据え、従来のビジョンに加えて新たなビジョンを打ち出しています。それが「Life-long Ink(ライフロング・インク)」です。これまでワコムはデジタルペンにまつわるさまざまなハードウェアを提供してきましたが、これからは、デジタルペンから発せられる「デジタルインク」というデータが重要になります。我々が開発・普及を推進しているデジタルインクの技術では、文字や絵を、いつ、誰が、どこで、どんな思いで書いたのか、文脈と軌跡を捉えることができます。そうして捉えた筆跡データを活用することで、書き手の喜怒哀楽や集中度などを把握することが可能になり、さらにAIやさまざまなセンサーを扱う企業と協働して、脳波や眼球の動きなども検知・分析することで、より細やかな感情の推移を読み取ることも可能になります。

たとえば教育の現場では、生徒がノートに書いた文字やテストの答案などをデジタルインクで捉えることで、個々の生徒の「学習のカーブ」を把握することができます。ここまではスムーズに理解できて、ここでつまずいたというように、その生徒にどのような学びの傾向があるのかがわかるのです。それによって、ふさわしい教育のサービスや相性のよい先生を提案するなど、各々にフィットする学習が可能になります。

デジタル技術の進展によって情報過多となり、SNSに象徴されるように他者とつながることが当たり前になった今、むしろそのことに疲弊する人も増えています。それよりも、自分の本質を知ることで人間性を高めたり、それを自分の大切な人と共有したりするような豊な時間のためにデジタル技術は活用されるべきではないでしょうか。最先端のデジタル技術が人間の本来もつ価値を高める「Life-long Ink」には大きな可能性があります。私たちは、お客様の生涯に寄り添いながら、人生を豊かにするためのソリューションを提供していきたいと考えています。

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19歳の春、キャンパスで感じた思いが原点

私とICUの出会いは子ども時代にまで遡ります。自宅がICUの近くだったので、キャンパスで紙飛行機を飛ばして遊んだ思い出があります。大学受験をする時、ICUを選択したのは、子どもの頃に遊んだ場所としてなんとなく親しみを感じていたからなのかもしれません。幸いなことに複数の大学に合格して、どこに行こうかと迷っていた時、偶然ICUの教員の方と一対一でお話しをする機会がありました。その方の話を聞き、帰り道には既にICUに入学すると決めていました。その時、先生がおっしゃっていたのは、「ICUでは自分に付加価値がつけられる」ということでした。

ICUの核となる「リベラルアーツ」の教育を経ることで、多様な視点をもつという付加価値が得られる。「それは資格をいくつ取るかということとは比べ物にならないほど貴重なものかもしれないね」という先生の言葉がとても響きました。その時はリベラルアーツという言葉も知らなかったのですが、自分の大切な4年間を賭けるとしたらここしかないと本能的に感じたのです。何より、先生が18歳の若者に対して真摯に向き合い、ご自分の言葉で語りかけてくれた姿勢に打たれたのだと思います。

ICUに入学して気づいたのは、「世界は広いが、自分は本当にちっぽけだ」ということでした。と同時に、「よくわからないけれど、自分は何かできるかもしれない」という無謀な気持ちもふつふつと沸いてきました。今でもよく覚えているのですが、入学した年の5月、キャンパスを歩いていた19歳の私は、「何かできるかもしれない」というワクワクする気持ちになり、「この気持ちをずっと忘れずにいよう」と心に誓いました。全能感とも違うのですが、目の前にいくつもの選択肢があって、それをどう選び、どうつかみ取るのかは自分次第なんだ、という気持ちが急に沸いてきたのです。今、ワコムのCEOとして仕事をさせていただいていても、気持ちは「あの時、ICUのキャンパスに立っている19歳の自分」のままです。30年以上経っても、あの時の感覚は鮮烈に心に残っています。あれが今の自分の原点なのかもしれません。

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ICUで問われたアイデンティティがグローバルビジネスの礎に

ICUでは英語をはじめ、国際法や人権、世界平和などについて学び、将来は世界銀行や国連で働きたいと考えていました。しかし、その前に、ある意味泥臭い面も伴うビジネスの世界に身を置きながら実社会を知るべきではないかと思うようになりました。世界平和を考えるのは、それからでも遅くないのでは、と。そんな時、たまたま大学構内で会社説明会をしていたシャープ株式会社と出会います。ベルトのバックルからスタートしてシャープペンシルを発明し、家電製品で躍進したというヒストリーに惹かれましたし、商いの本場・関西の企業という点にも興味がありました。東京を出たかったこともあって、商いのど真ん中の世界に飛び込んでみようと決心しました。

シャープでは、国内勤務だけでなく、アメリカでコピー機やFAX、プリンタの企画・マーケティングに携わったり、中国で携帯電話の事業展開に挑戦するなど、さまざまな経験をさせてもらいました。苦しみながらも楽しく仕事をさせてもらっていたのですが、次第に同じ組織の中にいることで生まれる「慣れ」に対して、うしろめたさを感じ始めたのも事実です。一つの組織に居続けることが悪いわけではありませんが、ICUで「チャレンジすることの大切さや未知の世界に乗り込んでいくことを良しとする精神」を学んだはずじゃないか、と思いました。そして、転職を決意し、43歳で現在のワコムへ。大きな組織から飛び出す決意をした時は、「これでICUの本分を損なわずに済む」と思ったのを覚えています。やはりICUで培った精神が自分の核にあることは間違いないのでしょう。

今振り返るとICUには、人と違うこと、ユニークであることを奨励するムードがありました。人と違っていていいんだ、むしろ違っていたほうがいいんだという今の自分の価値観が、ICUの一つ一つの要素から醸成されていったのだろうと思います。ICUでは、世界は広いということを思い知らされると同時に、「君のアイデンティティは何?」ということを常に突きつけられていた気がします。帰国生や留学生が大勢いて、多くの授業が英語で行われるというグローバルな環境の中で、逆説的に「日本で生まれ育った自分」の立ち位置を常に意識させられる。それは、その後、アメリカや中国でビジネスをするようになった時、異文化の中で自らの立ち位置を見据え その上で他国の人たちと交流していく際に大きな礎となりました。もし時間が巻き戻ったとしても、私はICUを選択すると思います。あの時の自分に声をかけるとしたら、「大丈夫、間違ってないよ」と言いたいですね。 

これからICUへの入学を考えている人に対して何か言えることがあるとすれば、ICUには多種多様な視点や選択肢があって、その中から自分次第で何でもつかむことができるということ。もしそれがICUのDNAだとするならば、それは私の中にもしっかりと刻まれていて、今、人生のすべてを賭けて携わっている仕事にも活きている。そのことだけを実証の言葉として伝えたいですね。どう受け止めてもらえるのかは皆さん次第です。

Profile

井出 信孝
株式会社ワコム 代表取締役社長兼CEO

1993年 教養学部社会科学科(当時)卒業
1995年 ICU大学院行政学研究科(当時)博士前期課程修了

1970年、東京都生まれ。国際基督教大学大学院行政学研究科(当時)修了後、シャープ株式会社に入社。アメリカでの商品企画やマーケティング、中国での携帯電話ビジネスの事業開発などに携わり、2013年、株式会社ワコムに入社。テクノロジーソリューションビジネスユニット、シニア・バイスプレジデントなどを経て、2018年、代表取締役社長兼CEOに就任。

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