舞台演出家、コンテンツクリエイター
2019年6月 教養学部卒業(メジャー:メディア・コミュニケーション・文化、マイナー:社会学)
「無難な人生」を捨て、世界の舞台へ。 ICUのクリティカル・シンキングが導いた、演出家への道
ICUからNYの大学院へ
現在、ニューヨークを拠点として、ブロードウェイやオフ・ブロードウェイで舞台演出家として活動しています。作品のコンセプト立案から脚本の精査、キャスティング、演技指導、舞台美術、照明、音楽、衣装まで、あらゆるセクションを統括し、作品全体の世界観を作り上げる仕事をしています。また、本業の傍らYouTubeを通じて、英語を使うことで広がる可能性や日々のライフスタイルを発信しています。
大学受験の際、「やりたいことがまだ決まっていないのに、なぜ特定の学部や学科を選択しなくてはならないのだろう」という疑問がありました。そうした中、幅広い学問分野を網の目のように横断して学べるリベラルアーツ教育の考え方に深く共感し、ICUへの入学を決めたのです。 入学した当初は、現在のキャリアは想像もしていませんでした。「丸の内OLになるのかな」と漠然と考えていたほどです。転機が訪れたのは、大学3年次の就職活動。さまざまな企業のインターンシップに参加する中で、「自分はなぜ就活をしているのか」「これが本当に進みたい道なのか」と深く自問自答するようになりました。自身のキャリアに悩みを抱える社会人の方々と接したことも一つのきっかけです。ICUで培われたクリティカル・シンキングが働き、世の中の当たり前や自分の選択を多角的に問い直すことができたのでしょう。その結果、幼い頃から好きだった「演劇」、大学のダンスサークルで経験した「演出」への道が浮かび上がってきました。
日本には舞台の演出を専門的に学べる大学院や環境は多くなかったため、ミュージカルの本場であるニューヨークで学びたいとアメリカへの進学を決意しました。ICUの先生に相談した際に、「海外に出ることは良い選択だ」と背中を押してくれたことは今でも大きな支えになっています。「難のある人生は『有り難い』人生、難のない人生は『無難』な人生」という言葉があります。あえて困難な道を選び、それを貴重な経験へと変えていく。その覚悟が決まった瞬間でした。

担当した作品「Astronauts Wanted」(c) Kat duPont Vecchio
体育会系ダンスサークルで鍛えられたリーダーとしての覚悟
ICU時代、私の核を形成したのはダンスサークル「Smooth Steppers」で過ごした日々です。当時は140人規模の大所帯で体育会系の文化。私はそこで歴代2人目の女性部長に立候補しました。当時は「部長は男性が務めるもの」という考え方も残っているように感じました。しかし、最終的には「誰よりもこのサークルが好き」という強い気持ちに突き動かされ、メンバーからの投票を経て部長に就任。リーダーとして大人数の前でどのように話し、組織をリードすべきかを、このサークルで徹底的に学んだのです。
「If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together.(早く行きたければ一人で進め、遠くまで行きたければみんなで進め)」。先輩から教わったこのアフリカのことわざは、今も私の心に深く残っています。自分のエゴや恥ずかしさを捨て、仲間と共に遠くを目指す。そのために私に求められたのは、誰よりも自分自身を律し、周囲を牽引し続けられるエネルギーでした。当時の生活は、まさにその実践だったように思います。寮を朝4時半に出て、三鷹のスターバックスで早朝アルバイト、その後大学へ駆けつけ、授業を受け、夜遅くまでサークル活動に打ち込むという、全力で駆け抜けるような毎日。この時期に培った体力と精神力は、今のタフなニューヨークでの生活を支える基盤になっています。
学問においても、ICUのリベラルアーツ教育が演出家としての基礎を築いてくれました。専攻したMCC(メディア・コミュニケーション・文化)や社会学のみならず、哲学、音楽、数学など幅広く学んだ経験は、多角的な視点を持つという点で現在の仕事の根幹を成しています。特に「カルチュラル・スタディーズ入門」は衝撃的でした。授業では、興味のあるトピックについてグループで調査するという課題があり、当時代々木公園でロックンロールに合わせて踊っていた集団のもとへ毎週のように足を運びました。ICUの仲間の後ろをついていくのが精一杯でしたが、なんとか勇気を出してインタビューをした記憶があります。自ら現場へ赴いて情報を取りに行く姿勢や、物事の本質を問うクリティカル・シンキングの力は、現在の私の演出スタイルに深く結びついています。例えば直近の作品では、実在した日米ハーフの軍人の足跡を辿り、アイデンティティの形成過程や当時の生活に至るまで細部を調べ上げました。一つの事柄を徹底的に探究する精神は、ICUでの学びが原点にあります。
ICU時代、ダンス仲間と
挫折を超えて。観客の心に「種」を植えたい
大学卒業後、ニューヨークのペース大学大学院に進学しましたが、そこでは大きな挫折が待っていました。ICUではELAのstream3から2にあがり英語が得意なつもりでいましたが、現地の教授から「Your English is terrible(あなたの英語は酷い)」と告げられたのです。それは単なる語学力の問題ではなく、現地の人々が共有する政治・宗教・文化的な文脈(コンテクスト)が私には欠落していたからでした。この文化的背景の違いを補うことにとても苦労しました。
また、思考に言葉が追いつかない状況に陥る「外国語副作用」によって、悔しい思いも多く経験しました。それでも私が大学院を首席で修了し、アーティストビザを取得し、さらには狭き門である演出家のフェローシップ(奨学金制度)の対象に選ばれたのは、誰よりも授業に出席し、真摯に課題に取り組み、目の前のことに全力を注いだ誠実さと勤勉さがあったからかもしれません。アシスタント時代、喉が渇いている俳優にさりげなく水を渡しただけで、その気遣いに驚かれ、高く評価されたこともあります。ブロードウェイは徹底した実力主義とビジネスマインドが根付いた世界のように見えますが、人間的な振る舞いや情緒的なつながりが、現場を動かす武器になるのだと実感しています。
演出の仕事を通して私が目指しているのは、観客の心に「種」を植えるような作品をつくりたいということです。かつてミュージカル『RENT』が、奈良で育った私に世界の多様な視点を与えてくれたように、エンターテインメントを通して、誰かの人生観を広げていきたい。そしていつか、アメリカで培った知見を日本に持ち帰り、日本の演劇界の発展に貢献することが私の目標です。
後輩へのメッセージ
これから未来を切り拓く皆さんに伝えたいことは、自分の「好き」という気持ちを絶対につぶさないでほしいということです。ICUには、人と違うことを面白がり、個人の興味をとことん応援してくれる土壌があります。私も、就職活動を辞めて演出家を目指すと言ったとき、先生や友人はその決断を尊重し、応援してくれました。
社会に出ると、同調圧力や「普通」という枠に押し込められそうになることがあるかもしれません。特に日本社会では、女性がリーダーシップを取ることや、独自の道を歩むことに対して、まだ風当たりが強い場面もあるでしょう。でも、そこで自分を変えないでください。変わっていることは、グローバルな舞台では強力な個性であり、強みになります。
もし今、進路に迷ったり、周りと違う自分に不安を感じたりしているなら、それはあなたが新しい可能性の入り口に立っている証拠です。自分の直感と「好き」を信じて突き進んでください。その思いは、将来必ずどこかで実を結びます。
※本記事は、2025年12月に行った公開インタビューの内容を編集・構成したものです。
Profile
河村 早規
舞台演出家、コンテンツクリエイター
2019年6月 教養学部卒業(メジャー:メディア・コミュニケーション・文化、マイナー:社会学)
ICU卒業後、2019年に渡米。2022年、ペース大学アクターズ・スタジオ・ドラマスクールを首席で卒業し、演出の修士号を取得。2024年、ブロードウェイの非営利カンパニー「ラウンドアバウト」のディレクティング・フェローに選出される。演出家として活動する傍ら、登録者数17万人のYouTubeチャンネルでNYの生活や英語の学習法などを発信。2025年2月、初の著書『ニューヨークで見つけた、強さをくれる英語 Think in English』(角川書店)を出版。



