さいたま市立大谷小学校 校長
2000年6月 教養学部教育学科(教育社会学専攻)(当時)卒業
スクールカウンセラーから教員、そして校長へ。 ICUでの学びを胸に挑む「子どもが真ん中」の教育

人生のロールモデルとなった
ICUの2人の先生
ICU卒業後に臨床心理士の資格を取得し、スクールカウンセラーとして務めた後、教員に転身し、現在は小学校の校長を務めています。そんな少しユニークなキャリアの原点は、アメリカで過ごした中学・高校時代にさかのぼります。中学3年の春に家族でジョージア州に渡り、右も左も分からないまま現地の学校に入学。当時は英語力が乏しく、文化の違いも分からないまま、授業についていくのに必死の毎日を送っていました。
そんな時に救いとなったのが、学校に常駐していたスクールカウンセラーの存在でした。彼女は英語がうまく話せない私を迎え入れ、「あなたは、あなたのままで大丈夫」と、全身で受け入れてくれたのです。ノンバーバル(非言語的)な共感で、「ここにいていい」という絶対的な安心感を与えてくれました。学校に行くのがつらい時も、「今日はカウンセラーの先生に会えるから頑張ろう」と思えたほどです。そうした経験が、臨床心理やカウンセラーの仕事に興味を持つ最初のきっかけになりました。
日本に帰国後、ICUに9月生として入学し、念願だった心理学を学び始めます。特に小谷英文先生の授業を受けた時は、「これこそ私が学びたかったことだ!」と深く感動したのを覚えています。カール・ロジャーズの理論を軸とした講義やロールプレイを通じて、カウンセリングの基礎を実践的に習得。小谷先生の編著書『ガイダンスとカウンセリング――指導から自己実現への共同作業へ』(北樹出版 1993)はページが擦り切れるまで繰り返し読みました。また、当時学生相談室のセンター長を務めていた苫米地憲昭先生から受けた影響も大きかったです。先生の授業を履修して、「私も将来、カウンセラーの仕事がしたいんです」と直接相談に伺ったことは、自分が歩む道を決定づける経験となりました。人として心から尊敬できる、人生のロールモデルとなるような2人の先生に出会えたことは、ICUでの最も大きな出来事だったと思います。
心理学の学びに没頭しながらも、ICUのリベラルアーツ教育の利点を生かし、芸術や英文学などの授業も積極的に履修。課外活動では体育会バレーボール部に所属し、熱心に練習に打ち込みました。夏休みには、教育支援センターや中学校の相談室で、不登校児童の学習支援ボランティアに取り組んだことも忘れられない記憶です。ICU卒業後は、他の大学院の修士課程へ進み、臨床心理士の資格を取得。その後、スクールカウンセラーとして働き始めました。
しかし、実際に現場に立って直面したのは、「非常勤カウンセラー」という立ち位置の限界でした。週に1日だけ外から支援にやってくる体制では、エネルギーを失い不登校になってしまった子どもたちへの、根本的なアプローチが難しいと感じたのです。子どもたちが傷ついて動けなくなる手前で、心理的ケアを実践できる教員がクラスにいる必要がある。そう確信した私は、働きながら通信制大学で教員免許を取得し、30歳で小学校教諭へと転身しました。
学校経営に生きるカウンセラーのまなざし
教諭としての勤務や、教育委員会での業務を経験し、2026年4月からさいたま市立大谷小学校の校長を務めています。豊かな自然に囲まれた環境で約1000人の児童が学ぶ、大変活気のある教育現場です。私の使命は、お預かりした子どもたちを、けがや事故なく、毎日笑顔で家庭へと帰すこと。その当たり前の日常の積み重ねに、何よりも強い責任とやりがいを感じています。
毎日校内を回ると、子どもたちが一斉に駆け寄ってきてくれてハイタッチ合戦になります。一般的な校長のイメージとは少し違うからか、着任当初は子どもたちから校長先生じゃないみたいという声もありました。今は、少しずつの自分のカラーを出しながら、一人一人の児童や保護者に寄り添える校長でありたいと思っています。その根底にあるのは、やはりカウンセラーとしての視点です。子どもたちとの日常的な触れ合いから、別室登校を続ける児童への声かけ、さらには保護者や教職員との対話に至るまで、あらゆる場面で「聴く力」が生かされていると感じます。
さいたま市立大谷小学校
教育に携わる上で私が何よりも大切にしているのが、「子どもを真ん中に」という考え方です。学校教育には、全ての子どもたちの学びと育ちを支え、そして、一人も取り残さず、学びの機会と環境を整える責務があります。それをどう実現するか。この問いについて自問自答を繰り返しながら、日々、学校経営と真摯に向き合っています。
現在の授業では、子どもたちが自ら課題を見いだし、仲間との対話を通して考えを深めながら学ぶ「主体的・対話的で深い学び」の実現が求められています。教員が知識を一方向的に伝えるのではなく、子どもたち一人一人が学びの主体となり、多様な考えに触れながら理解を深めていくことが重要です。そのような学びを通して、変化の激しい時代を生き抜くために必要な資質・能力を育成していきたいと考えています。
また、近年は各教科のつながりを意識した教科横断的な学びが、初等教育においても重視されています。こうした学びの在り方は、かつて私がICUで経験したリベラルアーツ教育にも通じるものであり、その価値を改めて実感しています。
子どもたち一人一人の考えや可能性を大切にしながら、多様な学びをつなぎ、より豊かな教育を創造していくことが、これからの学校に求められる使命であると考えています。
ICU在学当時を振り返ると、授業は少人数での対話やディスカッションを中心に進められるものがほとんどでした。自分の意見を明確に主張する、他者の意見を傾聴する、コミュニケーションを通じてより良い人間関係を築く。こうした力は、まさにICU時代に身に付いたと感じています。だからこそ小学校の現場でも、子どもたちが主体的に学び、互いに高め合える授業を実現していきたいと考えています。
左から:苫米地憲明先生と/雪の本館で/バレーボール部の仲間と
多様な人々との関わりの中で
感性や創造性を磨き、新たな扉を開いてほしい
何が起こってもおかしくない、予測困難なこれからの時代。子どもたちには、あふれる情報の中から何が必要かを自ら判断し、問いを立て、他者と協働して新たな価値を創り出せる人になってほしいと思っています。
近年、子どもの人格形成や協働性を重視する日本の初等教育システムは、海外からも高く評価されています。特に、日本独自の「特別活動」において、学級会、係活動、児童会活動、学校行事などを通して、子どもたちは自ら考え、話し合い、合意形成を図りながら学校生活を創り上げていきます。こうした活動は、知識だけでなく、協働性や社会性、リーダーシップを育む教育として高く評価されています。
また、日本では、子どもたち自身が教室や学校を掃除する文化があります。海外では珍しい取組ですが、責任感や公共心、他者への配慮を育てる教育活動として関心を集めています。
こうしたデジタルでは教えられない部分を継承しつつ、タブレット端末を使って世界と瞬時につながるような、ハイブリッドな学びの場をつくっていきたい。そして、昨今深刻化する不登校やいじめなどの課題に対しても、オンラインやフリースクールといった多様な学びの選択肢を認めつつ、学校という集団の場でしか得られない豊かな体験を、一人でも多くの子どもたちに届けていきたいと考えています。
ICUの魅力は、専門を1つに絞らず、幅広い学問を横断的に学べる環境にあります。そして、多様な背景を持つ学生や先生方との関わりの中で感性や創造性を磨き、自らの可能性を高められる唯一無二の大学です。ICUで出会った仲間とは、卒業して四半世紀以上たった今でも親しく交流しています。これからICUを目指す皆さんや在学生には、ICUの恵まれた環境を生かして、自分自身の新たな扉をたくさん開いていってほしいと願っています。
Profile
山本 志織
さいたま市立大谷小学校 校長
2000年6月 教養学部教育学科(教育社会学専攻)(当時)卒業
さいたま市立大谷小学校校長。ICU卒業後、東京国際大学大学院臨床心理学修士課程を修了し、臨床心理士資格を取得。後に、国家資格である公認心理師も取得。中学校のスクールカウンセラーや教育相談員を務める。その後、通信制大学で小学校教員免許を取得。教諭として勤務した後、教育委員会指導主事、小学校教頭、教育委員会主席指導主事を経て、2026年現在、約1000人の児童を擁する大規模校の校長として学校経営を担う。




